鈴鹿1000km耐久レース歴代優勝者 1966-2025 PART.3

全日本スポーツプロトタイプカー選手権時代の鈴鹿1000km

第16回トヨタ87C、1000kmを完全制覇 1987年8月23日

ポール・トゥ・ウィンで鈴鹿1000kmを念願の総合優勝したミノルタ。国産マシンの実力がようやくポルシェに追いついた。
ポール・トゥ・ウィンで鈴鹿1000kmを念願の総合優勝したミノルタ。国産マシンの実力がようやくポルシェに追いついた。
全日本スポーツプロトタイプカー選手権と名称が変わったシーズン。グループCだけでも15台が参加。予選1-2番手をトヨタが独占。決勝レースではトヨタ87Cが優勝するも、2~4位はポルシェ962C勢が占めた。トヨタは1968年以来19年ぶり3度目の勝利だった。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C-1 G.リース/関谷正徳/小河等(トヨタ87C)
2位 C-2 岡田秀樹/J.ニールセン(ポルシェ962C)
3位 C-3 高橋國光/茂木和男/K.アチソン(ポルシェ962C)
4位 C-4 K.ニッセン/V.バイドラー(ポルシェ962C)
5位 C-5 片山義美/寺田陽次朗/P.デュドネ(マツダ757)
8位 A-1 中平勇雄/佐藤浩二(ウエスト83S)
PP:G.リース(トヨタ87C) 1分53秒137
優勝車記録/6時間27分02秒449 5.85943km×171周 1001.963km
出走31台 完走22台
2位のフロムエーは体制を岡田/ニールセンに変更して出場。アドバンと同じメンテナンス体制。

2位のフロムエーは体制を岡田/ニールセンに変更して出場。アドバンと同じメンテナンス体制。

3位のアドバンポルシェは、昨年のチャンピオンのため#1で出場。

3位のアドバンポルシェは、昨年のチャンピオンのため#1で出場。

AクラスのRSは中平/佐藤組のウエスト83Sが獲得、総合8位。

AクラスのRSは中平/佐藤組のウエスト83Sが獲得、総合8位。

第17回JSPCは盤石のポルシェ時代 1988年8月28日

当時耐久レースの主役は2座席スポーツカー。この後グループC時代が訪れるとC2マシンの「グッピー」として改造されたものもある。
当時耐久レースの主役は2座席スポーツカー。この後グループC時代が訪れるとC2マシンの「グッピー」として改造されたものもある。
PPは日石トラストポルシェ、決勝ではトラブルで後退。しかし予選2番手からスタートしたフロムエーレーシングが優勝し、全日本選手権のタイトルも獲得。トヨタは新型88C-Vを鈴鹿に持ち込むも、燃料フィルタートラブルで失速。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C-1 岡田秀樹/S.ディケンズ(ポルシェ962C)
2位 C-2 高橋國光/茂木和男(ポルシェ962C)
3位 C-3 長谷見昌弘/鈴木亜久里(ニッサンR88C)
4位 C-4 B.ジャコメリ/長坂尚樹(ポルシェ962C)
5位 C-5 P.バリラ/小河等/T.ニーデル(トヨタ88C)
8位 A-1 井本成二/山内忠大/砂田雅行(オスカーSK85)
12位 B-1 米山二郎/福山英朗/見崎清志(JTK63C)
PP:G.フーシェ(ポルシェ962GTi)1分53秒512
優勝車記録/6時間8分21秒517 5.85943km×171周 1001.963km
出走27台 完走16台
今季3度目のPPを獲得した日石トラストポルシェ、決勝ではトラブルに泣き15位。

今季3度目のPPを獲得した日石トラストポルシェ、決勝ではトラブルに泣き15位。

鈴鹿初登場のトヨタ88C-V、決勝では2番手にあがった直後燃料系トラブルで後退、16位に。

鈴鹿初登場のトヨタ88C-V、決勝では2番手にあがった直後燃料系トラブルで後退、16位に。

Bクラス優勝のゲインズ63C。トムスのシャシー&カウルを独自改良し今回はコスワースDFVを搭載。

Bクラス優勝のゲインズ63C。トムスのシャシー&カウルを独自改良し今回はコスワースDFVを搭載。

第18回高橋國光4年ぶりの1000km制覇でタイトル獲得 1989年12月3日

アドバンポルシェは、シーズン初優勝がこの鈴鹿1000km。そして國光はこの優勝が4輪レースで50勝目となる記念レースでもあった。
アドバンポルシェは、シーズン初優勝がこの鈴鹿1000km。そして國光はこの優勝が4輪レースで50勝目となる記念レースでもあった。
8月の決勝は台風直撃により12月に延期された。10名のシリーズ争いのなか、アドバンの高橋/ディケンズ組が予選5番手からスタートし優勝、全日本タイトルも獲得。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C-1 高橋國光/S.ディケンズ(ポルシェ962C)
2位 C-2 G.リース/小河等/R.チーバー(トヨタ89C-V)
3位 C-3 H.グロース/中谷明彦/F.イェリンスキー(ポルシェ962C)
4位 C-4 和田孝夫/森本晃生(ニッサンR89V)
5位 C-5 G.フーシェ/S.アンドスカー(ポルシェ962GTi)
7位 A-1 鈴木陽一郎/望月俊彦/大城一(ウエスト89S)
PP:G.リース(トヨタ89C-V)1分52秒586
優勝車記録/5時間56分56秒702 5.85943km×171周 1001.963km
出走19台 完走11台
ミノルタは公式練習時に全損、レースには最後尾からスタート。アドバンと同一周回でフィニッシュの2位。

ミノルタは公式練習時に全損、レースには最後尾からスタート。アドバンと同一周回でフィニッシュの2位。

Cクラスに出場したGTPマシンとして、総合6位に入ったNWB757。

Cクラスに出場したGTPマシンとして、総合6位に入ったNWB757。

レース後半にAクラストップへ浮上すると、そのまま優勝したコスモストーンズ89S。

レース後半にAクラストップへ浮上すると、そのまま優勝したコスモストーンズ89S。

第19回ニッサン、第8回目以来の1000km制覇 1990年8月26日

#23はこのレースよりタイヤをブリヂストンに変更して参戦。2000kmのテストを経て熟成されたマシンは、決勝を好燃費で走行できた。
#23はこのレースよりタイヤをブリヂストンに変更して参戦。2000kmのテストを経て熟成されたマシンは、決勝を好燃費で走行できた。
星野/鈴木組のニッサンは予選3番手スタート。2000kmのテストで空力、シャシーセッティングを煮詰めたことで、タイヤを有効に使えた。星野は5年ぶりのCカー優勝。そしてニッサンとしては1973年の240Z以来の総合優勝だった。
順位 ドライバー(マシン)
1位 星野一義/鈴木利男(ニッサンR90CP)
2位 中谷明彦/V.バイドラー/羽根幸浩(ポルシェ962C)
3位 G.リース/P-H.ラファネル(トヨタ90C-V)
4位 S.ディケンズ/W.ホイ(ポルシェ962C)
5位 G.フーシェ/S.アンドスカー(ポルシェ962GTi)
PP:G.リース(トヨタ90C-V)1分49秒674
優勝車記録/5時間51分40秒225 5.85943km×171周 1001.963km
出走18台 完走14台
フロントローから3列目までトヨタとニッサン、国産グループCが独占した。

フロントローから3列目までトヨタとニッサン、国産グループCが独占した。

フロムエーはCFRP加工技術で空力パーツを改良、オリジナルのボディカウルを搭載し2位に。

フロムエーはCFRP加工技術で空力パーツを改良、オリジナルのボディカウルを搭載し2位に。

WSPCではC2クラス常連のスパイスSE90Cが鈴鹿1000kmに出走、13位フィニッシュ。

WSPCではC2クラス常連のスパイスSE90Cが鈴鹿1000kmに出走、13位フィニッシュ。

第20回R.ラッツェンバーガー/P-H.ラファネル/長坂尚樹(トヨタ91C-V) 1991年8月25日

トヨタ勢としては4年ぶりの鈴鹿1000km制覇、チームとしてはシグマ時代を含めて初優勝となった。
トヨタ勢としては4年ぶりの鈴鹿1000km制覇、チームとしてはシグマ時代を含めて初優勝となった。
予選2番手からスタートしたサード・トヨタは、他のトヨタ勢、ニッサン勢がトップ争いからトラブルで後退する中、ハイペースのレースでも好燃費に助けられ優勝。
全日本選手権としての鈴鹿1000kmはこの年が最後。
順位 ドライバー(マシン)
1位 R.ラッツェンバーガー/P-H.ラファネル/長坂尚樹(トヨタ91C-V)
2位 中谷明彦/V.バイドラー(ニッサンR90CK)
3位 長谷見昌弘/A.オロフソン(ニッサンR90CP)
4位 関谷正徳/小河等/A.ウォレス(トヨタ91C-V)
5位 G.フーシェ/S.アンドスカー(ポルシェ962C)
PP:G.リース(トヨタ91C-V)1分47秒376
優勝車記録/5時間44分52秒513 5.85943km×171周 1001.963km
出走12台 完走7台
鈴鹿1000kmでは3年連続PPを獲得したG.リース。しかし燃料漏れでリタイア。

鈴鹿1000kmでは3年連続PPを獲得したG.リース。しかし燃料漏れでリタイア。

フロムエーはマシンをポルシェからニッサンR90CKに変更。しかし2年連続の2位に。

フロムエーはマシンをポルシェからニッサンR90CKに変更。しかし2年連続の2位に。

今季よりXJR11でJSPCに臨んだサンテック。エンジントラブルでリタイア。

今季よりXJR11でJSPCに臨んだサンテック。エンジントラブルでリタイア。

BPR GT-FIA GT時代

1992年にSWC(スポーツカー世界選手権)の1戦として開催。
1994年からはBPRGT、97-98年はFIA GTとして開催された。

第21回ル・マンの戦いを鈴鹿で再戦 1992年8月30日

SWCで1000kmレースを採用したのは88年のWEC富士以来。プジョーは2位を一周引き離しての勝利だった。
SWCで1000kmレースを採用したのは88年のWEC富士以来。プジョーは2位を一周引き離しての勝利だった。
スポーツカー世界選手権(SWC)の第5戦として開催された鈴鹿に、姿を見せたSWCマシンはプジョーとトヨタのみ。ル・マン優勝のプジョーとトヨタの対決で注目を集めた。プジョーは優勝でタイトルを決定した。FIAは来季のSWC開催中止を発表したため、鈴鹿では最初で最後のレースに。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 SWC-1 D.ウォーウィック/Y.ダルマス(プジョー905)
2位 SWC-2 G.リース/J.ラマース/D.ブラバム(トヨタTS010)
3位 SWC-3 M.バルディ/P.アリオー(プジョー905)
4位 JSPC-1 M.マルティーニ/金石勝智/J.クロスノフ(ニッサンR91CK)
5位 SWC-4 J.パレハ/松田秀士(ローラT92/10)
6位 FIA-1 F.ド・ルセップ/木本正広/N.アダムズ(スパイスSE89C)
PP:P.アリオー(プジョー905)1分43秒957
優勝車記録/5時間30分9秒627 5.85943km×171周 1001.963km
出走11台 完走7台
SWCでロータリーエンジン使用禁止となったマツダは、ジャッドエンジン搭載のMX-R01で出場。

SWCでロータリーエンジン使用禁止となったマツダは、ジャッドエンジン搭載のMX-R01で出場。

FIAカップにはチェンバレンエンジニアリングから2台のスパイスが出走、6位、7位でフィニッシュ。

FIAカップにはチェンバレンエンジニアリングから2台のスパイスが出走、6位、7位でフィニッシュ。

重量と使用燃料のハンデが課せられたJSPCクラスのフロムエーは、それでも総合4位。

重量と使用燃料のハンデが課せられたJSPCクラスのフロムエーは、それでも総合4位。

第22回耐久レースの原点回帰 1993年8月29日

速さはフロムエーが優ったもののトラブルが続出。一方伊太利屋はトラブルも無く、グループC最後のレースを優勝で締めた。
速さはフロムエーが優ったもののトラブルが続出。一方伊太利屋はトラブルも無く、グループC最後のレースを優勝で締めた。
ICL(インターサーキットリーグ)として開催されるがICLはこのイベントのみとなった。
鈴鹿1000kmはグループCからGT、RS、N1と7クラス混走の、初期のようなレース開催となった。昨年のチャンピオンマシンであるR92CPである伊太利屋が優勝。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C1-1 和田孝夫/鈴木利男(ニッサンR92CP)
2位 C1-2 M.マルティニ/H-H.フレンツェン(ニッサンR90CK)
3位 GTPL-1 P.ジョンストン/D.マービン(スパイスSE90C)
4位 GT-1 L.リンドレイ/B.ソベイ(フォード・マスタング)
5位 GT-2 D.コル/P.アルメラ/中谷明彦(ポルシェ964RSR)
7位 RS-1 鈴木陽一郎/冨田昭雄/近田直人(オスカーSK90)
8位 N1/1-1 岡本克彦/本吉晋也(ニッサンスカイラインGT-R R32)
9位 N1/2-1 佐藤浩二/光貞秀俊(ホンダ・プレリュードBB4)
16位 N1/3-1 道上龍/奥田敦/藤田佳久(ホンダ・シビックEG6)
PP:M.マルティニ(ニッサンR90CK)1分53秒640
優勝車記録/5時間53分9秒590 5.85943km×171周 1001.963km
出走29台 完走18台
NSX3LエンジンをスパイスSE90Cに搭載した「アキュラNSXスパイス」は総合3位。

NSX3LエンジンをスパイスSE90Cに搭載した「アキュラNSXスパイス」は総合3位。

IMSA GTOのマスタングは、スペースフレームにCFRPのカウルを持ち、6L OHVエンジン搭載。

IMSA GTOのマスタングは、スペースフレームにCFRPのカウルを持ち、6L OHVエンジン搭載。

参加7台がオスカーSK90のワンメイクとなったRSクラス。#73が2位に2周差をつけて優勝。

参加7台がオスカーSK90のワンメイクとなったRSクラス。#73が2位に2周差をつけて優勝。

第23回赤旗中断のレースを実力マシンが制す 1994年8月28日

トップを独走していたサードがリタイアしたことで、替わって首位に立ったポルシェ911ターボLMは2ヒートのレースを制した。
トップを独走していたサードがリタイアしたことで、替わって首位に立ったポルシェ911ターボLMは2ヒートのレースを制した。
BPR GTシリーズの第7戦として開催された。ル・マン総合2位のサードが出場し話題を集めたが、独走中に接触リタイア。レースを制したのはポルシェ911ターボSLMGTだった。
ポッカコーポレーションが冠スポンサーとなる。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 GT1-1 J-P.ジャリエ/B.ウォレク/J.パレハ(ポルシェ911ターボLM)
2位 GT2-1 高橋国光/土屋圭市/飯田章(ホンダNSX GT2)
3位 RS-1 鎌田勇三/高村一明(オスカーSX5.2)
4位 GT2-2 B.セッドⅢ/A.フフス/H.ライス(キャラウェイ・コルベット)
5位 GT1-2 M.リゴネ/W.カウフマン(ポルシェ911)
17位 N1/1-1 関根基司/三好正己(ニッサン・スカイラインGT-R R32)
20位 N1/3-1 磯田尚孝/山本弘幸/杉本延重(ホンダ・シビックEG6)
PP:J.クロスノフ/M.マルティニ(トヨタ94C-V LM)2分4秒846
優勝車記録/6時間38分21秒371 5.86403km×162周 949.97286km
出走44台 完走24台
※レースは赤旗中断のため99+63周のレースと短縮された
PPから快走したサード94CV-LM。95周目に他車との接触でリタイアしてしまった。

PPから快走したサード94CV-LM。95周目に他車との接触でリタイアしてしまった。

十勝24時間でも総合2位のアドバンNSX GT2はここ鈴鹿1000kmでも2位、クラス優勝。

十勝24時間でも総合2位のアドバンNSX GT2はここ鈴鹿1000kmでも2位、クラス優勝。

オスカーのニューマシンは予選3番手、決勝も快走を見せ総合3位と表彰台に乗った。

オスカーのニューマシンは予選3番手、決勝も快走を見せ総合3位と表彰台に乗った。

第24回マクラーレン、ル・マンの総合優勝を再現 1995年8月27日

ル・マン24時間で総合優勝したマクラーレンは、鈴鹿でトップに立つと大きなトラブルも無く優勝。ドライバーの関谷はF1GTRで2勝目。
ル・マン24時間で総合優勝したマクラーレンは、鈴鹿でトップに立つと大きなトラブルも無く優勝。ドライバーの関谷はF1GTRで2勝目。
BPR GTシリーズの第9戦として海外より30台近いGTが参戦した。サードもトヨタMR2ベースのMC8Rで参戦。レースはル・マンで総合4位だったガルフレーシングのマクラーレンF1GTRが総合優勝。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 SGT1-1 R.ベルム/M.サンドロ-サラ/関谷正徳(マクラーレンF1GTR)
2位 SGT1-2 J.ニールセン/T.ブシャー(マクラーレンF1GTR)
3位 SGT1-3 L.デラ・ノーチェ/A.オロフソン/F.マンチーニ(フェラーリF40GTE)
4位 SGT1-4 B.ウォレク/J-P.ジャリエ(ポルシェ911GT2 Evo)
5位 GT-1 高橋国光/土屋圭市/飯田章(ホンダNSX GT2)
9位 P2-1 城内政樹/谷川達也(サモスFS951)
14位 GTL-1 横島久/竹内浩典(ニッサン・スカイラインGT-R R33)
PP:F.フレオン(マツダDG-3)2分5秒080
優勝車記録/6時間38分21秒371 5.86403km×171周 1002.7491km
出走53台 完走26台
PPを獲得したマツダDG-3は唯一のWSCマシンだったが38周目にストップ。

PPを獲得したマツダDG-3は唯一のWSCマシンだったが38周目にストップ。

チーム国光のNSXはGTクラス優勝。去年から参戦する耐久レースでは4連覇している。

チーム国光のNSXはGTクラス優勝。去年から参戦する耐久レースでは4連覇している。

サードは独自開発したGTマシン、MC8Rでル・マンに続いて鈴鹿1000kmに臨み総合26位。

サードは独自開発したGTマシン、MC8Rでル・マンに続いて鈴鹿1000kmに臨み総合26位。

第25回30周年、25回目の記念レースをマクラーレンが連覇 1996年8月25日

#2号車は第3戦ハラマとこの鈴鹿、第10戦ノガロで優勝し96年BPR GT1のタイトルを獲得した。
#2号車は第3戦ハラマとこの鈴鹿、第10戦ノガロで優勝し96年BPR GT1のタイトルを獲得した。
3年目を迎えたBPR GTシリーズの第7戦として開催。マクラーレン、フェラーリ、ヴェンチュリ、ポルシェなどBPRシリーズの参戦マシンで埋め尽くされた。優勝はマクラーレンF1GTRが連覇。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 GT1-1 R.ベルム/J.ウィーバー/J.J.レート(マクラーレンF1GTR)
2位 GT1-2 A.オロフソン/L.デラ・ノーチェ(フェラーリF40GTE)
3位 GT1-3 A.ウォレス/O.グルイヤール(マクラーレンF1GTR)
4位 GT1-4 T.ブシャー/J.ニールセン(マクラーレンF1GTR)
5位 GT1-5 F.ジロワ/J-D.ドルトラス/R.プラティラ(マクラーレンF1GTR)
8位 GT2-1 B.アイヒマン/G.ルフ/R.ケレナーズ(ポルシェ911GT2)
15位 GT3-1 池谷勝則/石原将光/小林且雄(ポルシェ911RS)
PP:R.ベルム/J.ウィーバー/J.J.レート(マクラーレンF1GTR)2分2秒846
優勝車記録/6時間18分48秒637 5.86403km×171周 1002.7491km
出走45台 完走30台
GTクラスにはROOCKポルシェGT2が総合8位、164周を走破し優勝。

GTクラスにはROOCKポルシェGT2が総合8位、164周を走破し優勝。

ポルシェ911GT1のカラーリングを施されたロードカーが、鈴鹿をデモラン。

ポルシェ911GT1のカラーリングを施されたロードカーが、鈴鹿をデモラン。

メモリアルイベントでもあり、第1回目に出場したトヨタ2000GTなどのパレードランも行なわれた。

メモリアルイベントでもあり、第1回目に出場したトヨタ2000GTなどのパレードランも行なわれた。

第26回メルセデスが圧倒的な速さで鈴鹿を席巻 1997年8月24日

初の1000km挑戦でPP、1-2位でライバルを圧倒したメルセデスCLK-GTR。3位以下を1分近く離しての優勝だった。
初の1000km挑戦でPP、1-2位でライバルを圧倒したメルセデスCLK-GTR。3位以下を1分近く離しての優勝だった。
BPR GTが発展し、この年からFIA GT選手権としてスタート。鈴鹿も第7戦として開催された。メルセデス・ベンツが予選から速さを見せ優勝。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 GT1-1 A.ナニーニ/M.ティーマン/B.シュナイダー(メルセデスCLK GTR)
2位 GT1-2 K.ルドヴィク/B.マイレンダー(メルセデスCLK GTR)
3位 GT1-3 P-H.ラファネル/J-M.グーノン/A.オロフソン(マクラーレンF1GTR)
4位 GT1-4 J.J.レート/S.ソーパー(マクラーレンF1GTR)
5位 GT1-5 H-J.シュトゥック/T.ブーツェン/B.ウォレク(マクラーレンF1GTR)
14位 GT2-1 P.ガシュ/O.ベレッタ(クライスラー・ダッジ・バイパーGTS-R)
PP:K.ルドヴィク(メルセデスCLK GTR)1分56秒023
優勝車記録/5時間59分31秒003 5.86403km×171周 1002.7491km
出走36台 完走25台
メルセデス、マクラーレン勢に続いて5位を得たポルシェ911GT1。

メルセデス、マクラーレン勢に続いて5位を得たポルシェ911GT1。

GT2クラス優勝はオレカレーシングが運営するダッジ・バイパーが総合14位。

GT2クラス優勝はオレカレーシングが運営するダッジ・バイパーが総合14位。

国内のGTLレースで速さを見せたラーク・マクラーレンは総合9位。

国内のGTLレースで速さを見せたラーク・マクラーレンは総合9位。

第27回2年連続で鈴鹿を圧倒 1998年8月23日

GT2クラス優勝はオレカレーシングが運営するダッジ・バイパーが総合14位。
GT2クラス優勝はオレカレーシングが運営するダッジ・バイパーが総合14位。
FIA GT選手権第6戦として開催。メルセデス・ベンツはPPからスタートし独走、1-2番手を維持しながら優勝。ポルシェも911GT1/98を投入するも追いつけなかった。日本勢はスープラ、NSXが出場したがそれぞれ総合9位とリタイアの結果に。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 GT1-1 B.シュナイダー/M.ウェバー(メルセデスCLK GTR)
2位 GT1-2 K.ルドヴィク/R.ゾンタ(メルセデスCLK GTR)
3位 GT1-3 Y.ダルマス/A.マクニッシュ/S.オルテリ(ポルシェ911GT1/98)
4位 GT1-4 C.ブシュー/B.マイレンダー(メルセデスCLK GTR)
5位 GT1-5 F.ラゴルス/J.オコネル/C.タンソー(パノスGTR)
9位 GT2-1 O.ベレッタ/P.ラミー/D.デュプイ(クライスラー・バイパーGTS-R)
PP:B.シュナイダー(メルセデスCLK GTR)1分52秒580
優勝車記録/5時間48分58秒452 5.86403km×171周 1002.7491km
出走30台 完走23台
今季のマシンはCFRPパーツを多用し、911GT1をよりレーシングマシンとして製作された。

今季のマシンはCFRPパーツを多用し、911GT1をよりレーシングマシンとして製作された。

97年は総合12位でフィニッシュしたが、今年は総合5位に入ったパノスGTR。

97年は総合12位でフィニッシュしたが、今年は総合5位に入ったパノスGTR。

GT2クラスはバイパーがマーコスと争い、クラス1-2位(総合9-10位)を得た。

GT2クラスはバイパーがマーコスと争い、クラス1-2位(総合9-10位)を得た。

※内容は予告なく変更となる場合がございます。
※使用している写真・イラストはイメージです。