鈴鹿1000km耐久レース歴代優勝者 1966-2025 PART.2

1977年FISA(現・FIA)の指導のもと、国際公認コースへと改修された。耐久レースも78年に鈴鹿500km、500マイル(800km)が開催され、鈴鹿1000km再開への準備が整った。

国際格式コースへ改修、1000kmの復活とグループC時代の到来

第9回7年ぶりに1000kmが復活 1980年8月31日

当時耐久レースの主役は2座席スポーツカー。この後グループC時代になるとC2マシンの「グッピー」として改造されたものもある。
当時耐久レースの主役は2座席スポーツカー。この後グループC時代になるとC2マシンの「グッピー」として改造されたものもある。
前年まで500マイル(800km)レースとして開催されていたものを200km延ばし、鈴鹿1000kmレースとして復活。決勝はPPからスタートした辰己/長坂組が優勝。ル・マンに出場したセリカターボや、RX-7のグループ5も参戦。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 R-1 辰己裕信/長坂尚樹(マーチ75S)
2位 R-2 佐藤文康/赤池卓(マーチ73S)
3位 TSⅠ-1 萩原光/小幡栄(ニッサン・サニー)
4位 TSⅠ-2 高武富久美/永松邦臣(ホンダ・シビック)
5位 TSⅠ-3 笹野功/西野弘美(ニッサン・サニー)
6位 TSⅡ-1 稲垣文夫/今井政昭(サバンナRX-3)
13位 TSⅤ-1 阪本一義/伊谷謙治(マツダRX-7)
PP:長坂尚樹(マーチ76S)2分10秒2
優勝車記録/6時間24分21秒876.004km×148周888.592km
※規則により6時間30分でチェッカーのため
出走41台完走21台
最後尾スタートながらスタートで20台近くをかわしたセリカは、エンジン不調でリタイア。

最後尾スタートながらスタートで20台近くをかわしたセリカは、エンジン不調でリタイア。

1.3ℓながら136周で総合3位、TS1クラス優勝したアドバンサニー。

1.3ℓながら136周で総合3位、TS1クラス優勝したアドバンサニー。

プライベーターにより独自改造で耐久レースに続々参戦したRX-7は総合13位に

プライベーターにより独自改造で耐久レースに続々参戦したRX-7は総合13位に

第10回国際格式で開催、世界のトップチームが参戦 1981年10月1日

クレマー社で製作された935K3。ル・マン優勝の実績をここ鈴鹿でも発揮しポール・トゥ・ウイン。
クレマー社で製作された935K3。ル・マン優勝の実績をここ鈴鹿でも発揮しポール・トゥ・ウイン。
10回目を迎えた鈴鹿1000kmは、国際格式のレースとして開催された。国外から有力チームが参戦、国内勢もル・マン24時間に出場したマツダ253やグループ5のトムスG5カローラが出場し速さを見せた。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 B-1 B.ウォレク/H.ペスカロロ(ポルシェ935K3)
2位 B-2 T.トリマー/N.ニコル(マツダ253)
3位 B-3 片山義美/K.ルード(マツダRX-7)
4位 A-1 和田孝夫/萩原光(ニッサン・サニー)
5位 B-4 J.スウィニー/H.グレイナー(ポルシェRSR)
PP:B.ウォレク(ポルシェ935K3 )2分8秒68
優勝車記録/6時間51分20秒566.00415km×167周1002.693km
出走32台完走16台
ル・マンに出場したマツダ235iは2台が出場し、#17が2位表彰台を得た。

ル・マンに出場したマツダ235iは2台が出場し、#17が2位表彰台を得た。

米IMSA GTU仕様のマツダRX-7には、ワークスの片山義美も参加し、3位に。

米IMSA GTU仕様のマツダRX-7には、ワークスの片山義美も参加し、3位に。

トムスではオリジナルグループ5のトムスカローラを2台製作し出場した。

トムスではオリジナルグループ5のトムスカローラを2台製作し出場した。

第11回WEC前哨戦として重要な一戦に 1982年8月29日

この年、富士ロングディスタンスでも3勝しタイトルを獲得したオートビューレックチームのBMW M1。
この年、富士ロングディスタンスでも3勝しタイトルを獲得したオートビューレックチームのBMW M1。
WEC富士の前哨戦として注目された鈴鹿1000km。国産グループCトムス童夢セリカCの出場で注目された。しかしレースでは序盤にリタイア。2座席スポーツカーなどを尻目に、安定のBMW M1がPPから総合優勝した。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 B-1 佐藤文康/長坂尚樹(BMW M1)
2位 B-2 阪本一義/伊谷謙治(マツダRX-7)
3位 A-1 佐藤克明/溝川謙(ホンダ・シビックRS)
4位 B-3 P.チャウ/柳田春人(ニッサン・シルビア)
5位 A-2 藤田哲/藤井修二(トヨタ・スターレットKP61)
PP:長坂尚樹(BMW M1)2分8秒04
優勝車記録/6時間42分41秒926.00415km×167周1002.693km
出走38台完走18台
※佐藤文康/長坂尚樹組は黄旗無視で一周減算。
国産初のグループCカー「トムス・ドームセリカIC」だったが、スタート後のヘアピンでリタイア。

国産初のグループCカー「トムス・ドームセリカIC」だったが、スタート後のヘアピンでリタイア。

ポルシェ924は、珍しいBFグッドリッチタイヤで出場し、総合6位に。

ポルシェ924は、珍しいBFグッドリッチタイヤで出場し、総合6位に。

鈴鹿の耐久レースに姿を見せたオリエントスピードのいすゞピアッツアG5は総合11位。

鈴鹿の耐久レースに姿を見せたオリエントスピードのいすゞピアッツアG5は総合11位。

第12回ポルシェ956が鈴鹿1000kmで圧勝 1983年8月28日

グループCレースカーとして完成されたトラスト・ポルシェ956。決勝レースでも2番手を3周遅れの差を付け優勝。
グループCレースカーとして完成されたトラスト・ポルシェ956。決勝レースでも2番手を3周遅れの差を付け優勝。
WEC王者のポルシェ956が日本に上陸。トヨタやニッサン、童夢がグループCマシンを開発し投入するなか、予選4番手からスタートしたトラスト・ポルシェ956が優勝。全日本耐久選手権がスタート、鈴鹿500km、鈴鹿1000km、WEC インJapanの3戦で組まれてトラスト・ポルシェが戴冠。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C-1 藤田直廣/V.シュパン(ポルシェ956)
2位 C-2 松本恵二/星野薫/関谷正徳(トヨタ・トムス83C)
3位 C-3 戸谷千代三/赤池卓(レノマ83C)
4位 C-4 T.ニーデル/E.エルグ(童夢RC83)
5位 B-1 片山義美/浅井順久(マツダRX-7)
6位 A-1 大場次雄/佐藤克明(ホンダ・シビック)
PP:星野一義(マーチ83G)2分7秒33
優勝車記録/6時間42分41秒926.03335km×166周1001.5361km
出走30台完走18台
鈴鹿1000km開始以来の変則ル・マン式スタートからローリングスタートが導入された。

鈴鹿1000km開始以来の変則ル・マン式スタートからローリングスタートが導入された。

トヨタ、ニッサンは国産グループCカーを開発し、ポルシェを追った。

トヨタ、ニッサンは国産グループCカーを開発し、ポルシェを追った。

ニッサンはスカイラインのシルエットを持つグループC「スカイラインターボCトミカ」を投入。

ニッサンはスカイラインのシルエットを持つグループC「スカイラインターボCトミカ」を投入。

第13回ベテラン高橋國光が11年ぶりの鈴鹿制覇 1984年8月26日

11年前に高橋國光が優勝した時の240Zの平均速度は140km/h、ポルシェ956では154.701km/hと大幅アップした。
11年前に高橋國光が優勝した時の240Zの平均速度は140km/h、ポルシェ956では154.701km/hと大幅アップした。
耐久レース人気の高まりもあり、ポルシェの台数も増加、トヨタ、ニッサンも新型グループCを開発し参戦。決勝では国内グループCカー勢が崩れるなか、アドバンタイヤを装着したポルシェ956が優勝。高橋國光はポールポジションから1973年以来の1000km制覇となった。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 B-1 髙橋國光/高橋健二/G.リース(ポルシェ956)
2位 B-2 V.シュパン/片山義美(ポルシェ956)
3位 B-3 長坂尚樹/鈴木恵一(ロテックM1C)
4位 B-4 標徹/赤池卓(マツダ83C)
5位 B-5 従野孝司/岡田秀樹(マツダ727C)
8位 A-1 野中真喜雄/高田益男(ファーストモールディングコラージュ45)
PP:髙橋國光(ポルシェ956)2分01秒11
優勝車記録/6時間29分32秒915.943km×169周1004.367km
出走42台完走24台
ニッサンは新型LM03Cを投入。「スカイラインターボCトミカ」のカラーリングはニッサンR383をイメージ。

ニッサンは新型LM03Cを投入。「スカイラインターボCトミカ」のカラーリングはニッサンR383をイメージ。

鈴鹿のAクラスにはミニスポーツカーの「RS」が出走、のちにサニーやシビックなどのTSに替わる。

鈴鹿のAクラスにはミニスポーツカーの「RS」が出走、のちにサニーやシビックなどのTSに替わる。

Aクラスにはホンダ・プレリュードも出走、クラス16位でフィニッシュ。

Aクラスにはホンダ・プレリュードも出走、クラス16位でフィニッシュ。

第14回アドバン、新型ポルシェで1000kmを連覇 1985年8月25日

アドバンはいちはやくポルシェ962Cを投入し1000kmを連覇。ほかにもポルシェ956が3台出場し完走した。
アドバンはいちはやくポルシェ962Cを投入し1000kmを連覇。ほかにもポルシェ956が3台出場し完走した。
トヨタ、ニッサンの国内勢も実力をつけるなか、予選はニッサン-トヨタが最前列に並んだ。しかしポルシェ962Cを投入したアドバンの国光/健二組が連覇。D+Cクラスにはプロトタイプマシンが15台出走した。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 D-1 髙橋國光/高橋健二(ポルシェ962C)
2位 D-2 中嶋悟/関谷正徳/星野薫(トヨタ85C)
3位 D-3 長坂尚樹/赤池卓(トヨタ85C)
4位 D-4 V.シュパン/鈴木恵一(ポルシェ956)
5位 D-5 米山二郎/岡田秀樹(ポルシェ956)
10位 C-1 寺田陽次朗/D.ケネディ(マツダ737C)
12位 B-1 佐々木秀六/五藤久豊(オスカーSK85)
PP:星野一義(マーチ85G)1分58秒602
優勝車記録/6時間22分57秒5155.914km×170周1005.38km
出走42台完走24台
予選グリッドはニッサンとトヨタが占め、徐々にポルシェの牙城を崩しはじめた。

予選グリッドはニッサンとトヨタが占め、徐々にポルシェの牙城を崩しはじめた。

寺田/ケネディ組のマツダは、ル・マン24時間挑戦後の参戦。

寺田/ケネディ組のマツダは、ル・マン24時間挑戦後の参戦。

Bクラス優勝は佐々木/五藤組のオスカーSK85。

Bクラス優勝は佐々木/五藤組のオスカーSK85。

第15回米山、ポルシェで17年ぶりの1000km制覇! 1986年8月24日

11年前に高橋國光が優勝した時の240Zの平均速度は140km/h、ポルシェ956では154.701km/hと大幅アップした。
11年前に高橋國光が優勝した時の240Zの平均速度は140km/h、ポルシェ956では154.701km/hと大幅アップした。
予選では1-2番手をニッサンが独占。レースではイセキポルシェが最初にチェッカーを受けたが、再車検で失格。そのため2位でチェッカーを受けたフロムエーが優勝。米山二郎は、1969年の鈴鹿1000kmをポルシェ906で制して以来の優勝だった。
順位 クラス ドライバー(マシン)
1位 C-1 米山二郎/岡田秀樹/浅井順久(ポルシェ956)
2位 C-2 黒沢元治/小河等/星野薫(トヨタ86C)
3位 C-3 高原敬武/戸谷千代三/都平健二(ポルシェ956)
4位 C-4 K.アチソン/M.ロー(トヨタ85C)
5位 C-5 従野孝司/D.ケネディ(マツダ757)
8位 A-1 水谷敬一/鎌田勇三/小倉良幸(オスカーSK85)
PP:星野一義(マーチ86S)1分56秒486
優勝車記録/6時間20分26秒7455.9136km×170周1005.312km
出走37台完走18台
PPは#23だったが、決勝はクラッチトラブルで9周リタイア。ニチラはその後のカルソニック。

PPは#23だったが、決勝はクラッチトラブルで9周リタイア。ニチラはその後のカルソニック。

最初にチェッカーを受けたイセキだったが、燃料タンク容量違反で失格となってしまった。

最初にチェッカーを受けたイセキだったが、燃料タンク容量違反で失格となってしまった。

70年代に活躍したシグマが、サードMC86Xの名で復帰。カーボンを多用した意欲的なマシン。

70年代に活躍したシグマが、サードMC86Xの名で復帰。カーボンを多用した意欲的なマシン。

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