絶対王者・中須賀克行、最後のMFJグランプリへ。

日本ロードレース史に刻まれるラストランを見逃すな

今シーズン限りで、ひとりの偉大なライダーがレーシングスーツを脱ぐ。

YAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行。
全日本ロードレース選手権の最高峰、JSB1000クラスで前人未到の記録を積み重ね、長年にわたって日本のロードレース界を牽引してきた「絶対王者」だ。

その中須賀が全日本ロードレースのライダーとして走る最後の舞台が、10月に開催されるMFJグランプリとなる。
数え切れないほどの勝利を重ね、日本の二輪レース史を塗り替えてきた中須賀の走りを全日本ロードレースの舞台で見られる機会は、これが最後だ。

中須賀は2000年から全日本ロードレース選手権GP250クラスにフル参戦し、2005年に国内最高峰のJSB1000クラスへステップアップ。2007年にJSB1000初優勝を挙げると、翌2008年には初のシリーズチャンピオンに輝いた。そこから中須賀は、長く、圧倒的な王者の時代を築いていく。

2008年、2009年の連覇に始まり、2012年から2016年には5年連続でタイトルを獲得。その後も2018年、2019年、2021年から2023年、そして2025年に王座へ返り咲き、最高峰クラスで通算13回のシリーズチャンピオンを獲得した。2025年シーズン終了時点でのJSB1000通算勝利数は94勝。ひとつのタイトルを獲るだけでも困難な国内最高峰クラスにおいて、13回の王座と94勝という数字は、中須賀がどれほど長く、どれほど高いレベルで戦い続けてきたかを物語っている。

中須賀の強さは、単にマシンを速く走らせる能力だけでは語れない。

最大の武器のひとつが、本人も「見てほしい」と語るブレーキングだ。高速域からマシンを鋭く減速させ、フロントタイヤの限界を探りながらコーナーへ飛び込む。そして向きを変えた瞬間、マシンのパワーを無駄なく路面へ伝え、次のコーナーに向かって加速していく。進入から旋回、立ち上がりまでをひとつの流れとしてつなげる正確さと、その精度をレース終盤まで崩さない強さこそ、中須賀の真骨頂だ。

さらに特筆すべきは、状況を読み切る力である。タイヤの状態、路面温度、燃料の減少、ライバルのペースを冷静に見極め、勝負すべき瞬間を逃さない。序盤から独走するレースもあれば、周回を重ねながら相手を追い詰め、最後に勝利を奪い取るレースもある。派手な一発の速さだけではなく、レース全体を組み立て、最終的に勝つための答えを導き出す。それが「絶対王者」と呼ばれてきた理由だ。

一方で、中須賀は圧倒的な実績を持ちながら、決して自らを完成したライダーだとは考えてこなかった。45歳を迎える今も、世界で戦うトップライダーから新しい技術や考え方を吸収し、「今がMAXだと思った時点で下がっていく」と成長を求め続けている。長いキャリアの中でマシン、タイヤが変化しても第一線に居続けられた背景には、この貪欲さがある。

その技術と経験は、国内だけにとどまらない。中須賀はヤマハのMotoGP™マシン「YZR-M1」の開発ライダーを長年務め、ワイルドカードや代役としてMotoGP™にも参戦。2012年の最終戦バレンシアGPでは、難しいコンディションの中で世界のトップライダーたちと渡り合い、2位表彰台を獲得した。全日本を主戦場とするライダーが世界最高峰の舞台で示した速さは、中須賀の名を世界に知らしめる出来事となった。

そして鈴鹿は、中須賀とヤマハにとって数々の歴史が刻まれた場所でもある。
鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、2015年の初優勝から2018年まで続いたヤマハファクトリーチームの4連覇に大きく貢献。世界選手権で戦うトップライダーとチームを組みながら、鈴鹿とヤマハを知り尽くすエースとしてマシンのベースセットを作り、チームをまとめてきた。2025年、2026年にも2年連続で2位表彰台を獲得しており、その存在はヤマハが鈴鹿で勝利を目指すうえで欠かすことのできないものだった。

中須賀の走りは、鈴鹿ではより一層際立つ。
高速で左右へ切り返すS字、強烈なブレーキングが求められるヘアピン、マシンの安定性とライダーの勇気が試されるスプーンカーブ、そして高速の130R。速度域も性格も異なるコーナーが連続する鈴鹿では、単なる勢いだけでは速く走れない。マシンを理解し、タイヤと対話し、ひとつひとつの操作を正確につなぐ総合力が問われる。中須賀が長年磨き続けてきた技術を味わうには、これ以上ない舞台だ。

もちろん、最後だからといって中須賀が守りに入ることはないだろう。
引退発表に際し、中須賀はライダーである限り「勝てない」と思う時は来ないと語り、ラストシーズンもファンやチーム、ヤマハに勝利と最高のレースを届けるため全力を尽くすと誓った。彼が目指しているのは、思い出づくりの完走ではない。最後まで勝利を追い、最後まで自分を高め、チェッカーフラッグの瞬間まで絶対王者であり続けることだ。

その背中を追い続けてきたライバルたちも、特別な思いで鈴鹿に挑む。国内最高峰の歴史を変えてきた王者に勝つ最後の機会とあれば、簡単に花道を譲るはずはない。中須賀の意地と、次の時代を担うライダーたちの覚悟。その激突が、今年のMFJグランプリをかつてない緊張感で包む。

スタート前の静寂。エンジンが一斉に咆哮する瞬間。ブレーキングで限界まで競り合い、コンマ何秒を削り取っていく攻防。そして最後に振られるチェッカーフラッグ。
テレビやスマートフォンの画面では伝わり切らない音、振動、速度、熱気が、サーキットにはある。

13回の王座と94勝を積み上げた絶対王者は、鈴鹿でどのような走りを見せ、どのような形で全日本ロードレースに別れを告げるのか。その答えを、ぜひ鈴鹿サーキットで目撃してほしい。

中須賀克行、最後のMFJグランプリ。
日本ロードレース史に刻まれるその瞬間を、決して見逃すな。

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