

FF1日本グランプリ語り継ぎたい24レース 私の選ぶ思い出のレース


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2006年のシューマッハの予選アタックがすごかった。「こんなふうに走れるんだ」と思いました。
- 2006年のミハエル・シューマッハの予選が記憶に残っています。Q3で同じフェラーリのフェリペ・マッサに敗れて2番手に終わったんですが、この時最も速かったのがシューマッハで、予選Q2で1分28秒954を記録したんです。コースレコードを大きく破るものでした。別にシューマッハのファンと言うわけではなかったんですが(笑)、オンボードカメラの映像を見ながら「すごいな、こんなふうに走れるんだ」と思いました。シューマッハが全盛のころでしたね。決勝のことはあまり覚えていないんですよ(笑)。とにかく予選のシューマッハの速さが印象に残っています。
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明らかに劣っているマシンで優勝したセナ。1993年の最後まであきらめない姿勢が僕の原点です。
- アイルトン・セナがアラン・プロストを抜いて逆転優勝した1993年のレースがすごかった。ウイリアムズのプロストがすごく強くて、マクラーレンのセナはHondaエンジンじゃなくてフォードのエンジンですごく劣っていた。でも途中から雨が降り始めて、トップを走るプロストとの差が見る見るうちに縮まってセナが優勝した。僕が小学校1年で、カートレースを始めたころでした。明らかに劣っているマシンでも腕で勝った。決してあきらめないセナの姿勢がすごいと思いましたね。僕も雨のレースは好きです。頑張れば何とかなりますからね。あのセナの姿、最後までやり通す姿が僕の原点になっているかもしれませんね。
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2010年小林可夢偉選手がヘアピンで次々と抜いたレースを見て、FCJ最終戦に活かすことができました。
- 小林可夢偉選手の2010年ですね。ヘアピンでインから、アウトからと次々と抜いていったレースです。僕はその時FCJ(フォーミュラ・チャレンジ・ジャパン)の鈴鹿ラウンドに出場していたので、コースサイドから可夢偉選手の走りを見ていました。自分の感覚ではヘアピンは抜けるコーナーとは思っていなかったし、あそこで行こうという感覚はなかったので、すごく刺激になりましたし、F1に行きたいという思いがさらに強くなりました。その年のFCJの最終戦は前のレースでリタイアしたので最後尾スタート(前のレースのベストラップの順にグリッドに並ぶ)。でもヘアピンで何台か抜いて5位に入りました。可夢偉選手の走りを活かせたと思います。
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2000年シューマッハとハッキネンの予選アタック合戦。ぎりぎりの攻防がすごかった。
- 2000年の予選がすごく記憶に残っています。ミハエル・シューマッハがタイムアタックしてトップに立つとすぐにミカ・ハッキネンがピットアウトしてアタック。逆転でトップに立つとシューマッハがコースインしてまた逆転。すごい予選でした。二人だけの世界で、しかも違う車で0.01秒を争っている。単純にかっこいいなと思いました。僕がFT(フォーミュラ・トヨタ)に参戦していたころで、FTでその時のF1のイメージで走ってみたけど、やはりF1とは全然違いましたね(笑)。どのコーナーで詰めればタイムが上がるかを考えながらの、こういった勝負は楽しいですね。それで勝って決勝でも勝てれば最高ですが、ぎりぎりのところで力を出し切った予選勝負なら、負けてもしょうがないと思えますね。
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表彰台に立った2012年の小林可夢偉。後輩としてもすごくうれしかったし感動しました。
- 2012年小林可夢偉選手が3位になった時はかっこよかった。2006年のミハエル・シューマッハ引退の時のレースも、ルノーのフェルナンド・アロンソとすごいレースをしたのを覚えているけど、やはり可夢偉選手のレースですね。可夢偉選手はTDP(トヨタ・ドライバーズ・プログラム)の先輩なので、頑張ってくれて後輩としてもすごくうれしかったですね。最後の数周はジェンソン・バトンとやりあって、スタンドからはカムイコールが沸き起こって感動しました。
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1989年と90年。接触してしまったけどセナとプロストの対決が一番面白かった。
- 僕の中で1番なのは同率で1989年と90年です。セナプロ対決の時ですね。89年はシケインで接触して、アラン・プロストのタイトルが決まり、90年は第1コーナーで接触してアイルトン・セナのタイトルが決まったレースです。あの時は何もなかったけど今なら当然ペナルティですよね(笑)。セナはがんがん行くタイプで、プロストは押さえて走るタイプ。タイプの違う二人の対決が一番面白かった。今の僕はプロストタイプですかね(笑)。今はチームが主役になっていますが、あのときは他にもすごいドライバーが揃っていて、ドライバーが主役でほんとに面白かった。当時僕は小学生でしたが今でもよく覚えています。
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雨が降り出してセナがトップに立った1993年、赤と白のマシン、黄色いヘルメットにあこがれました。
- 生でF1を観たのは1992年が初めてで93年も観ましたが、93年が印象に残っています。父がレース好きで、連れられてS字コーナーで観てました。アラン・プロストが速かったけど、雨が降り出してアイルトン・セナがトップに立ったレースです。赤と白のマシン、黄色いヘルメットにあこがれて、子供心にセナのようになりたいと思いました。当時僕は5歳でしたがちゃんと覚えています。2歳からテレビでF1を観ていましたからね(笑)。そのあと何回も何回もビデオを見ました。自分がフォーミュラレースをやるようになってよく分かるんですが、あの時のウェットからドライへと変化するコンディションの中で、一番早くスリックタイヤに交換したセナの判断力とマシンコントロールはやっぱりすごかったと思います。
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自分がF3000にデビューした1990年に亜久里さんが表彰台に立った。F1が近くなった気がした。
- 鈴木亜久里さんが3位表彰台に登った1990年がベストです。あのころのラルースチームは中堅より下のチームでしたが、第1コーナーでは前のマシンに幅寄せされてダートに出ながらも抜いて、他のマシンもどんどん抜いて行ったのが印象に残っています。ちょうど僕が21歳の最年少でF3000選手権にデビューした年でした。自分の次のステップがF1だと思って観ていて、日本人でも行けるんだと思いました。F1が近くなった気がして気持ちが高ぶったのを覚えています。
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非力なマシンのセナが腕で勝った1993年。雨のセナはどうしてあんなに速いのかと思った。
- 初めて鈴鹿でF1を観たのが1993年、7歳の時でした。父に連れられてピットロード入口の金網にへばりついて観ていました。応援していたアイルトン・セナが非力なマシンで、雨が降り出してウイリアムズのプロストを抜いて優勝した。圧倒的に負けていたのに腕で勝った。雨のセナってなんであんなに速いんだろうと思いましたし、(アクセルを小刻みに開閉する)セナ足もかっこいいと思いましたね。フォーミュラに乗るようになってセナ足を意識してやってみたんですが、やっぱりうまく行きませんでした(笑)。改めてすごいなと思いましたね。
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シューマッハ移籍後初のチャンピオン獲得。イギリスでテレビを観ながら感動した2000年。
- 印象に残っているのは2000年のミハエル・シューマッハですね。優勝してフェラーリ移籍後初めてのチャンピオンになって、フェラーリ自体も久しぶりにタイトル獲得で、感動しました。それに予選もすごかった。ミカ・ハッキネンとのギリギリの、それでいてフェアな戦いは、あの二人しか理解できない世界だと思います。鈴鹿以外のグランプリでも予選でやり合っていましたからね。僕はイギリスのフォーミュラ・フォードに参戦していて、テレビで観ていましたが、ドライバーの視点ではなく、単純に一ファンとしてかっこいいなと思いましたよ(笑)。
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セナプロの対決に沸き、亜久里さんが表彰台に登った1990年。レースをするきっかけになりました。
- セナプロ対決のころが一番盛り上がっていましたね。僕の中で一番は1990年。第1コーナーで接触して終わってしまったけど、セナとプロストの対決もあって亜久里さんが表彰台に登って、日本人としてすごく感動したのを覚えています。中学生のころでレースをやりたいとかは思っていませんでした。単純に一人のファンとして観ていましたね。他のグランプリも夜中まで起きていてテレビで見てました。でもこの頃ころからレースに興味を持ち、レーシングカートを始めたので、レースをするきっかけになりましたね。

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