鈴鹿サーキット60周年 特別デモラン&展示
『群雄割拠 JGTC 〜SGTの礎となった時代〜 』

鈴鹿サーキット60周年記念イベントの一つとして、SUPER GTのルーツであり、1994年から2004年にかけて行われ人気を博した「JGTC(全日本GT選手権)」のマシン2台のデモランと3台の展示を実施します。
※Esso Ultraflo スープラ(2002年)は走行にむけた車両の整備の過程で走行に向けて走行が困難であることが判明したため、展示のみとさせていただきます。予めご了承ください。
デモランの他、デモランドライバーのトークショー、マシンのGPスクエアでの展示を実施予定です。
  • デモラン&トークショー開催日時
    5月28日(土)13:00-13:25
    5月29日(日)10:50-11:15
    ※上記時間以外はGPスクエアでマシンを展示いたします
デモランを行う本山哲氏、道上龍氏 ※脇阪寿一氏はトークショーの出演のみとなります
デモランを行う本山哲氏、道上龍氏 ※脇阪寿一氏はトークショーの出演のみとなります
「特集:〜JGTC & SUPER GT Legend〜 本山・脇阪・道上の強さ、速さを数字でひも解く」 はこちら
 

ザナヴィ ニスモ Z(2004年)

2002年にスカイラインGT-R(R34)が生産終了となり、日産はGT500車両を2004年よりフェアレディZ(Z33)に変更した。

すでにZは2003年からGT300車両として参戦していたが、勿論GT500車両はまったくの別物。Z33の元々の車体数値ではフロント部のダウンフォースが十分得られないことが分かり、GT500参戦に先立つ2004年1月にロングノーズ化した特別仕様のタイプEを発売して、これをベース車とした。また、エンジンは前年型GT-Rから継承したV型8気筒ツインターボのVQ30DETTを搭載。その駆動レイアウトもGT-Rと同様にミッションを後方に移したトランスアクスル化し、エンジンを極力後方に下げたフロントミッドシップとしている。

2004年開幕戦の予選ではワン・ツーを決めたZだが、ポールポジションは影山正美/ミハエル・クルム組の22号車だった。しかし本山哲/リチャード・ライアン組の1号車が決勝直前の雨となった波乱の決勝を制してデビューウインを果たす。この年、1号車は2勝、3位2回を記録して、本山はZで前年のGT-Rに続きGT500の連覇を達成した。
 

Castrol 無限 NSX(2000年)

1997年第2戦より参戦を開始したHonda/童夢/無限の開発によるNSX。2000年には、第3世代と言われるニューマシンを投入。

ベース車であるNSX最大の利点であるミッドシップレイアウトの優位性を高めるため、重量の集中化、低重心化をより進めた。また、それを実現する小型ギアボックスも新開発している。空力面でも車体下面を流れる空気を利用したグランドエフェクトをライバル車に先駆けて導入し、大きなダウンフォースを得ることに成功。

さらにレース戦術の面でも従来の"速いマシンが勝つ"というセオリーから、無限×童夢はNSXをチャンピオンにするとシリーズを通した戦略重視に切り替えている。それもあってドライバーコンビを当初の中子修/道上龍から、シーズン途中でドライビングスタイルが近い道上/光貞秀俊に変更する決断もした。それも功を奏して2000年の16号車は未勝利ながら2位4回、全戦ポイント獲得という好成績を挙げ、道上はNSX初のチャンピオンを掴み取った。
 

2022 SUPER GT Rd.3 展示マシン『エッソウルトラフロー スープラ(2002年)』

スープラはJGTCの初年度1994年からグループAベースのマシンがGT500(当時はGT1)に参戦。さらに、ラスト2戦にトヨタ/TRDがGT500専用に開発したスープラが参戦。翌年から本格参戦を開始した。

足回りは同社のグループCカー"TS010"のパーツやノウハウを取り入れ、エンジンもレースで定評ある2リッターターボの3S-GTEを搭載した。この3S-GTEは、スープラに本来搭載の直列6気筒に較べ軽量コンパクトで、これまでもCカーやWRCで使用されてきた名機と称されるエンジンであった。また小型であるため、本来直6が載るためフロント部が広いスープラでは後方にオフセットし、フロントミッドシップ化を実現している。

スープラは1997、2001年とドライバーチャンピオンを獲得し、2002年も脇阪寿一/飯田章組の6号車が第3戦で優勝。その後、第5戦から確実にポイントを積み上げて、脇阪と飯田は初のタイトルを獲得した。

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