special guests

SUZUKA Sound of ENGINE 2019

  • Thierry Boutsen

    Thierry Boutsen

    ティエリー・ブーツェン氏

     日本ではテレビ放送で「振り向けばブーツェン」と言われるほど、粘り強い追い上げで上位のドライバーを苦しめたティエリー・ブーツェン。1983年の第6戦ベルギーGPでアロウズからF1にデビューし、翌年の開幕戦では6位入賞、1985年の第3戦サンマリノGPでは初の2位表彰台と、非力なアロウズで大活躍した。1989年にはウイリアムズに移籍。第6戦カナダGPで初優勝を記録し、最終戦でも優勝と、この年2勝を記録。ドライバーズランキング5位でシーズンを終えた。その後リジェ、ジョーダンと渡り歩き、通算3勝、1988年、1989年F1日本グランプリの3位表彰台2回を含む15回の表彰台獲得、通算獲得132ポイントの記録を残して1993年にF1を引退した。

  • Wayne Rainey

    Wayne Rainey

    ウェイン・レイニー氏

     1977年にダートトラックでレースキャリアをスタートさせたウェイン・レイニー。1983年にHondaマシンを駆りAMAスーパーバイクチャンピオンを獲得すると、翌年に世界グランプリの250ccクラスに参戦。その後AMAスーパーバイクに復帰して1987年にHondaのマシンでチャンピオンを獲得した。翌1988年、世界グランプリの500ccクラスにYAMAHAからフル参戦を開始すると、1990年から3連覇を達成。SUZUKIのケビン・シュワンツとの戦いではいくつもの名勝負を残したが、先行逃げ切りの"レイニーパターン"は、シュワンツとの戦いで確立された。

    <<ウェイン・レイニー氏について>>

  • Eddie Lawson

    Eddie Lawson

    エディー・ローソン氏

     攻めるとき、守るときを的確に捉えたそのライディングから"ステディ・エディ"と呼ばれたエディー・ローソン。ダートトラック出身で、1980年にはKawasakiのライダーとして鈴鹿8耐に参戦。1981年、82年にはAMAスーパーバイクでチャンピオンを獲得した。1983年にYAMAHAから世界グランプリの500ccクラスに参戦すると、翌84年、参戦2年目にしてチャンピオンを獲得。その後も1986年、88年、そしてHondaに移籍後の89年もチャンピオンを獲得し、91年の鈴鹿8耐ではYAMAHAに戻り平忠彦とのペアで優勝している。

    <<エディー・ローソン氏について>>

  • Kenny Roberts

    Kenny Roberts

    ケニー・ロバーツ氏

     "キング・ケニー"ことケニー・ロバーツは1965年、14歳でアマチュアレースにデビューし、1978年から世界グランプリの500ccクラスに参戦を開始すると、いきなり3連覇を達成。リアタイヤを滑らせるスライド走法、そしてハングオンスタイルを確立させたロバーツは多くのファンを魅了した。1983年には、Hondaの新鋭フレディ・スペンサーと歴史に残る激しいチャンピオン争いをしたが、その戦いに敗れたロバーツはこの年を最後に世界グランプリから引退した。

    <<ケニー・ロバーツ氏について>>

  • Pier Luigi Martini

    Pier Luigi Martini

    ピエルルイジ・マルティニ氏

     1984年にトールマンからスポット参戦の形でF1にデビュー。翌年ミナルディでフル参戦を果たした。2年のF1参戦休止の後1988年の第6戦アメリカGPで復帰、いきなり自身初、そしてミナルディチーム初となる6位入賞を果たし、改めてレギュラードライバーの座を手にした。1995年の引退までに119戦に参戦し、10回の入賞と1回のファステストラップを記録。その後はFIA GTやALMS、ル・マン24時間レースなどに参戦し、1999年にはル・マン24時間レースでBMW V12 LMRに乗り、総合優勝を飾っている。

    <<ピエルルイジ・マルティニ氏について>>

  • Haruhito Yanagida

    Haruhito Yanagida

    柳田春人氏

     自動車チューニングショップ「セントラル20」を経営し、1969年にレースデビュー。富士GC、スーパーシルエット(SS)レースに参戦。1980年、83年にSSシリーズチャンピオン、1987年全日本ツーリングカーシリーズ(JTC)のクラス2で日本初登場のBMW M3でウィル・ホイと組んで参戦。シリーズ後半のみの出場となったが2勝を記録してシリーズチャンピオンを獲得した。この時はBMWだったが、柳田は輝かしいキャリアの多くをフェアレディZで参戦したことから「Zの柳田」と呼ばれた。

    LEGEND DRIVER DEMONSTRATION RACE

  • Masami Kuwashima

    Masami Kuwashima

    桑島正美氏

     1969年レースデビュー。黒いヘルメット、黒いマシンカラーがトレードマークで、ワークスチームを追う姿が「黒い稲妻」と呼ばれた。フェアレディZ432で好成績を挙げた後1972年イギリスに渡り、プライベートチームを結成してF3に参戦。シルバーストンで行われたレースで見事優勝。1973年はヨーロッパ各国のF3レースに参戦し多数の優勝を記録すると、1974年にはヨーロッパF2選手権にステップアップ。1975年以降は帰国して富士GC、全日本F2選手権に参戦して活躍。1979年には鈴鹿500マイルレースにマーチ73Sマツダで佐藤文康と組んで参戦し見事優勝を飾った。

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  • Motoharu Kurosawa

    Motoharu Kurosawa

    黒澤元治氏

     Honda系2輪ライダーとして、1962年に鈴鹿サーキットで開催された第1回全日本選手権ロードレースの50ccクラスで優勝するなど活躍した後、1965年にニッサンのワークスドライバーに転身。1969年、トヨタやニッサンの「大排気量のビッグマシン夢の競演」と言われた第6回日本グランプリに、ニッサンR382で出場し見事優勝を飾った。その後全日本F2000選手権、富士GCなどに参戦し数々の勝利を記録。1973年に全日本F2000チャンピオンを獲得した。2013年からはニ男治樹が参加するスーパーGT GT300クラスのLEONレーシングの監督を務め、2018年にはシリーズチャンピオンに導いている。

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  • Hiroshi Fushida

    Hiroshi Fushida

    鮒子田寛氏

     1965年、19歳でHonda S600でレースに参戦。翌66年にトヨタのワークスドライバーに抜擢され、トヨタ2000GTのスピードトライアル挑戦に参加し、数々の世界記録を達成した。1968年からトヨタ7で日本グランプリや北米で行われたCan-Amなどのビッグレースに参戦して活躍。1970年にはアメリカのビッグフォーミュラ、フォーミュラAに参戦し、1973年シグマMC73で生沢徹らとともに日本人初のル・マン24時間レース参戦を果たした。1975年、国産F1マシン、マキ・フォードでイギリスGP、オランダGPに参戦。F1のシリーズ戦に参戦した初の日本人ドライバーとなった。

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  • Akihiko Nakaya

    Akihiko Nakaya

    中谷明彦氏

     大学在学中にFLでレースデビュー。1987年に全日本F3に参戦すると翌1984年にシリーズチャンピオン獲得。1989年には全日本F3000とJSPC(全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権)に参戦した。1992年にはF1のブラバムチームとレギュラードライバー契約を結ぶも、ライセンスが発給されずこのチャレンジは幻のものに。その後1994年から全日本ツーリングカー選手権に、1995年からN1耐久シリーズに、98年からは全日本GT選手権GT300クラスに参戦し大活躍。特にN1耐久(現スーパー耐久)では、長年三菱ランサーで参戦し数々の記録を残した。1997年には「中谷塾」を発足させ、若手ドライバーの育成に取り組んでいる。

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  • Chiyomi Totani

    Chiyomi Totani

    戸谷千代三氏

     1973年にレースデビュー。耐久レースを主戦場に、1981年・82年の富士500マイルレースでは佐藤文康と組んで2年連続優勝。マシンはマーチ73S・マツダだった。1983年は赤池卓とコンビを組みマツダRX7を駆ってインターナショナル鈴鹿500kmで3位に入ると、続く鈴鹿1000kmではマーチ83C・マツダで連続3位表彰台をゲット。1985年に高原敬武と組んで富士1000kmで3位に入ると、その後マシンをポルシェ956に換え1986年の富士500マイルと鈴鹿1000kmで高原敬武、都平健二とのトリオで連続3位の結果を残した。1987年からはマシンをポルシェ962Cに換え、富士スピードウェイで行われた世界耐久選手権(WEC)などにも参戦した。

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  • Naoki Nagasaka

    Naoki Nagasaka

    長坂尚樹氏

     1972年レースデビュー。1973年に鈴鹿シルバーカップチャンピオンを獲得し、1975年から全日本F2選手権に参戦。1982年にはBMW-M1を駆って富士スーパーシルエット、富士ロングディスタンスのダブルタイトルを獲得した。また全日本耐久選手権では1984年にBMW M1でチャンピオンを獲得し、1985年には全日本ツーリングカー選手権(JTC)初年度にBMW 635でチャンピオン、1987年にはフォード・シエラでチャンピオンを獲得。JTCと同時に全日本GT選手権にも参戦し、トヨタ・スープラなどで活躍した。

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  • Youjirou Terada

    Youjirou Terada

    寺田陽次郎氏

     長年ル・マン24時間レースに参戦し、現地では「ミスタール・マン」と呼ばれている。40年以上も前の1974年にシグマMC47でル・マン24時間レースに初参戦し、1983、88、90年にはクラス優勝を飾っている。他にも有名なデイトナ24時間、スパ24時間レースに参戦するなど、耐久レースを中心に活躍してきた。2003年、長年の功績によりル・マン24時間レース主催者、フランス西部自動車クラブの理事に迎えられ、また日本では国際的なレース活動によって2010年に観光庁の初代スポーツ観光マイスターに任命された。

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  • Masahiro Hasemi

    Masahiro Hasemi

    長谷見昌弘氏

     15歳でモトクロスに参戦後、4輪レースに転向。1964年にニッサンのワークスドラバーとなり4輪デビューレースで優勝するなど大活躍した。1976年、富士のF1選手権イン・ジャパンではコジマKE007を駆り、予選で好タイムを記録して話題となった。1980年に富士GC、全日本F2、鈴鹿F2、フォーミュラ・パシフィックを制し、史上初の4冠を達成。1992年にはアメリカ・デイトナ24時間レースに星野一義、鈴木利男とともにニッサンR92CPで参戦し日本人ドライバーによる日本車初優勝を達成するなど、長年国内トップドライバーとして活躍した。現在は「GOLD STAR DRIVERS CLUB(ゴールドスタードライバーズクラブ)」役員。今年からNISMO名誉顧問として活動中。「ハセミモータースポーツ」代表。

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  • Hideo Fukuyama

    Hideo Fukuyama

    福山英朗氏

     1977年FL500でレースデビュー。その後全日本F3にステップアップし、1990年からは国内最高峰の全日本F3000選手権に登りつめた。そのかたわら、1988年にル・マン24時間レース、1990年にスパ24時間レースに参戦。1992年からは全日本ツーリングカー選手権(JTC)に参戦し、初年度にクラス1のチャンピオンに輝くなど、「ハコ車」でも本領発揮した。全日本GT選手権GT300クラス、スーパーN1耐久で数々のタイトルを獲得。さらに鈴鹿サーキットで行われたNASCARに参戦後、2003年、本場アメリカのNASCARシリーズにフル参戦。また2000年から再びル・マン24時間レースに参戦し、LM-GTクラス優勝を飾った。

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  • Kazuyoshi Hoshino

    Kazuyoshi Hoshino

    星野一義氏

     1967年に全日本モトクロスチャンピオンを獲得すると、翌年4輪レースに転向し1975年の全日本F2000選手権チャンピオンを始め、国内のトップカテゴリーで数々の優勝を記録し「日本一速い男」の称号を得る。富士GC、全日本F2、F3000など数多くのタイトルを獲得し1976年、77年には富士スピードウェイで行われたF1世界選手権にも参戦。1992年、ニッサンR92CPで鈴木利男、和田孝夫と組んで全日本スポーツプロトタイプカー選手権(JSPC)に参戦しチャンピオンを獲得した。現在はTEAM IMPULを率いて国内トップカテゴリーに参戦している。

  • Harukuni Takahashi

    Harukuni Takahashi

    高橋晴邦氏

     1966年にレースデビュー。1968年、トヨタカローラで全日本ドライバー選手権T-1(ツーリングカー1300cc以下)クラスチャンピオンを獲得。翌年からトヨタのワークスドライバーとして参戦しカローラ、セリカなどでニッサンワークスのドライバー達と歴史に残る名勝負をくり広げ、日本GPにはトヨタ7で参戦した。トヨタワークスの解散に伴い第一線から退いたが、1974年にローターリーエンジンの日本製マシン、シグマMC74でル・マン24時間レースに参戦。翌年もトヨタターボエンジンのシグマMC75で参戦。その後はレーシングチームのオーナーとしても活躍した。

  • Tsugio Matsuda

    Tsugio Matsuda

    松田次生選手

     1997年に鈴鹿サーキットレーシングスクールフォーミュラでスカラシップを獲得すると、翌年は全日本F3選手権を戦いながら、国内最高峰のフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)へのスポット参戦を果たし、2000年からはフル参戦を開始しと、スクールから3年で国内最高峰へと登りつめた。そして2007年・08年にはシリーズ初の2年連続チャンピオンに輝いている。スーパーGT GT500クラスでも2014年・15年に連続チャンピオンを獲得と、現在も日本を代表するドライバーとして活躍している。

  • Daisuke Nakajima

    Daisuke Nakajima

    中嶋大祐選手

     日本人で初めてF1レギュラードライバーとなった中嶋悟氏を父に持つ。15歳からカートレースを始め、2006年の鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ(SRS-Formula)を卒業後、本格的にレースに参戦。2009年からはイギリスF3に参戦し、2011年からはフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)に、父悟氏が監督を務めるNAKAJIMA RACINGから参戦。2012年からスーパーGTシリーズのGT300クラスに参戦すると、翌13年からGT500クラスにステップアップ。父の下でHonda HSV-010、NSX-CONCEPT-GTで戦った。スーパーフォーミュラは2017年で終えたものの、スーパーGTは2017年からTEAM MUGENに移籍し活躍を続けている。

  • Hiroyuki Kawasaki

    Hiroyuki Kawasaki

    河崎裕之氏

     20歳でスズキの契約ライダーとなりモトクロスに参戦し、その後ロードレースに転向。1967年富士スピードウェイで行われた日本GPに参戦し50ccクラスで3位表彰台を獲得した。翌68年、ヤマハに移籍。1970年全日本シニア251cc以上クラスチャンピオンに輝くと、1977年スズキに移籍しRG500の開発を担当。この間1976年、77年にはインドネシアGP優勝を記録。1979年から世界GP500ccクラスにスポット参戦すると1983年再びヤマハに移籍。世界GP参戦マシンYZR500の開発を担いながら全日本選手権、世界選手権に参戦し活躍。1983年に現役を引退。

  • Masaru Mizutani

    Masaru Mizutani

    水谷勝氏

     1976年ロードレースデビュー。1979年全日本ロードレース選手権国際A級750ccクラスチャンピオンを獲得すると1981年スズキの契約ライダーに。1982年には全日本ロードレース選手権国際A級500ccクラスで7戦全勝の圧倒的な強さを見せてチャンピオンを獲得し、1986年には世界選手権にスポット参戦した。スズキのエースライダーとして全日本ロードレース選手権で活躍した1980年代は、ヤマハのエースライダー平忠彦と激戦を展開し、ファンを大いに沸かせた。1998年からは鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦を続け、現在は自らのチームを率いて全日本ロードレース選手権、鈴鹿8耐に参戦している。

  • Shunji Yatsushiro

    Shunji Yatsushiro

    八代俊二氏

     1981年にロードレースデビュー。1984年、全日本ロードレース選手権に新設されたTT-F1クラスでチャンピオンを獲得。1986年にはHonda NSR50で500ccクラスに参戦を始めると、シーズン途中に怪我をしたフレディ・スペンサーの代役としてWGP(ロードレース世界選手権)に参戦。翌年からは、Hondaワークスチームからフル参戦を開始した。1989年は戦いの場を日本に移し、NSR500の開発を担いながら全日本ロードレース500ccクラスに参戦し、最終戦で見事優勝。翌年のシーズン途中に現役を引退。現在はレース中継の解説者などモーターサイクルジャーナリストとして活躍している。

  • Takuma Aoki

    Takuma Aoki

    青木拓磨氏

     青木三兄弟の二男。1990年レースデビューすると1995年、96年と2年連続全日本ロードレース選手権スーパーバイククラスチャンピオンを獲得。1997年からHonda NSR500でWGP(ロードレース世界選手権)に参戦を続けるも1998年、開幕前のテストで脊椎損傷の怪我を負い、以後車椅子生活を強いられることに。しかしここからが凄かった。2005年両手だけで操縦できるカートのハンドドライブクロスに参戦すると、同じシステムの車で2007年からFIAアジアクロスカントリーラリーに参戦を続け、2008年にクラス優勝を飾ると同時に、2009年にはダカールラリー、2012年からはスーパー耐久シリーズにも参戦。さらに2019年の鈴鹿8耐では両手だけで操作できるバイクでデモランを披露。ファンを大いに沸かせた。

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