F1

小倉茂徳が角田裕毅を語る

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角田裕毅という選手が気になり始めたのは、2016年のF1日本グランプリだった。F1日本グランプリの週末という大舞台で、サポートレースの2016 S-FJ ドリームカップレースで優勝。当時まだ16歳で、国内限定Aラインセスを取得し、フォーミュラレースにデビューした年だった。この年は、S-FJ日本一決定戦でも優勝。さらに日本のFIA-F4にもスポット参戦し、鈴鹿戦で史上最年少表彰台獲得も記録。SRS-F(鈴鹿レーシングスクール・フォーミュラ)で優秀な生徒だったとはいえ、とびぬけたレース結果にはびっくりした。

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その驚きはさらに続くこととなる。翌2017年にはSRS/コチラレーシングチームから日本のFIA-F4にフル参戦。シーズン3勝でランキング3位を獲得。しかも、初優勝は史上最年少での優勝だった。この年はJAF-F4でも東日本シリーズでチャンピオンとなり、東西シリーズの選手がともに戦う日本一決定戦でも優勝した。
2018年にはFIA-F4の2シーズン目となり、Hondaの若手選手育成プログラムのHFDP(Honda フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト)のチームで参戦、シーズン7勝でチャンピオンとなった。FIA-F4はSUPER GTとの併催の際に現地で直接見ていたが、角田は予選の速さだけでなく、決勝での強さでも抜きんでていた。やはり、ものすごい選手が出てきたと思った。

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2019年、角田はFIA-F3(以下、F3)にフル参戦した。

「なるべく早い段階でヨーロッパを体験させたい」

当時、Hondaのモータースポーツ部長からF1マネージングディレクターになった山本雅史氏は、DAZNとのインタビューのなかで角田のF3デビューについてこう語っていた。レースはもちろんのこと、異文化の世界での生活など将来F1を目指すうえで必要なことを早く体得させたというものだった。
その効果はF3参戦からすぐに出ていた。ピットでも、インタビューでも、無線でも、物怖じなかったのである。
F3実況のなかで角田の予選やレースをみると、心配事もあったのは事実。それは、所属したスイスのイェンツァーチームは、F3では中堅か下位のチームだったからだ。それでも、デビュー戦のスペインと第2戦のフランスのレース1では入賞。しっかり存在感を見せた。とくにフランスでの高速からのブレーキングでのバトルは世界をあっといわせた。

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「ブレーキングが抜群にうまい!」とは、レーシングカート時代に角田と戦った選手から聞いていた言葉であり、FIA-F4でも実際に見ていたことだった。そして、これが乗って間もないF3でも発揮されていた。
その後、後半戦に入るとイギリスのレース2から毎回入賞。7、9、6、6位のあと、ベルギーのレース2で2位の初表彰となった。さらに続くモンツァでのイタリアラウンドでは、レース1で3位、レース2では初優勝を遂げた。
熱い走りでワクワクするレースをしてくれると、F3のときからすでに、角田は世界中のレースファンから愛される存在になっていたのだ。角田はF3デビューイヤーをランキング9位で終えた。

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角田の才能への評価と期待は高く、続く2020年にはすぐF2に進出した。
F2開幕前のテストに向かう前に行ったDAZNでの単独インタビューでは、新たなシーズンへの希望と期待と闘志あふれるような、若々しい表情とコメントだった。まさに、F3までの角田の良いところがいっぱいだった。
新型コロナ禍でシーズン開幕が遅れたが、シーズンが始まると、第2戦のレース1で早くも2位を獲得するも、序盤3戦での角田はマシントラブルにも見舞われ、苦戦を強いられていた。所属していたカーリン・レーシングは、名門チームではあったが、F2ではトップチームにやや遅れた立場であったのだ。
ところが、第4戦のイギリスからは5連続入賞。そのなかでも、イギリスでの第5戦のレース1では6位、レース2ではF2初優勝も記録した。F2でも速い、巧い角田の走りになっていた。
このイギリスでの第5戦のあとに行ったテレインタビューで、角田はこの成績好転へのヒントを明かしてくれた。角田は常に積極果敢なファイターなレーサーだが、そのファイターな部分がかえって焦燥感のような思いにしてしまい、レースに悪影響をなげかけることもあった。また、チームとの無線連絡もうまくいかなくなるときもあった。
だが、この部分を克服すべく、角田はメンタルトレーニングも積極的に行っていた。それでより冷静な戦い方になり、連続入賞と初優勝につながっていったという。実際、ベルギーでの2勝目では、荒れた展開のなかでも落ち着いたレース運びで2勝目をものにしていた。そして、フリー走行や予選ではほぼ毎回速さを見せつけるようになっていた。

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DAZNでのテレインタビューでも、レースの後の公式インタビューでも、角田は落ち着きある態度で、より成熟した選手としての姿をみせるようになった。自分の課題を見つけてトレーニングすることで、ごく短時間でトレーニングの成果をだした学習能力の高さにまた驚かされてしまった。そして、角田のメンタルトレーニングはさらに決定的な成果をあげた。
F1に必要なスーパーライセンス獲得に必要なライセンスポイントを得るには、角田はシーズン最終戦のバーレーンを好結果で終える必要があった。この2戦は、レース1で優勝、レース2でも2位と、F2での角田の集大成となった。速いのはもちろん、勝負所を逃さずものにした。F2のタイヤはF1へのトレーニングの意味もあり、F1と同様に無理に厳しい使い方をすると性能低下が激しくなる。そこで、タイヤを上手く使い、より高い性能をより長く維持させられるかが重要なのだが、角田はこの点でも長けていた。結果、角田はランキング3位となり、スーパーライセンス獲得に必要なライセンスポイントも獲得した。

角田は、F2での最優秀新人賞である「アントワン・ユベール・アワード」を受賞。角田はチャンピオンに匹敵する称賛も得た。余談だが、アントワン・ユベールは2019年にF2のベルギー戦で亡くなったフランスの選手の名前。角田はユベールを記念したAH19のロゴを常にヘルメットに描くほど、ユベールは特別な存在だった。そのユベールの名を冠した賞を受賞したのだった。
角田への称賛はまだ終わらなかった。FIAの年間表彰式では、その年の最優秀新人賞が角田に授与された。これは、F1、WEC、WRCをはじめFIAが統括する世界中の全競技のなかでの最終新人与えられるもの。つまり、昨年の新人のなかで世界一が角田だった。
これまでの実績だけでも、レッドブルが角田にF1での大きな期待と信頼を寄せるのは当然だろう。それは、昨年11月4日にイモラサーキットで、レッドブル傘下のアルファタウリチームが角田のためにF1のテスト走行を行ったことでもはっきりと現れていた。この走行では、F1の規定に従って2年以上前のマシンで行わなければならないが、Hondaも2年前のトロロッソ(現:アルファタウリ)のマシンに搭載したパワーユニットを再整備してイタリアに送った。ここには、Hondaが角田にかける期待の大きさもうかがえた。

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さらにF1最終戦終了後の12月15日にアブダビでのルーキーテストでも、アルファタウリは角田と佐藤万璃音を出走。ともに良い走りを披露し、チームへのフィードバックの的確さも評価されていた。
レッドブルとアルファタウリの角田への期待と信頼の高さは日増しに高まっている。今年に入っても、2月3日のミサノサーキットでのテストから、同月23日から25日のイモラでのテストでも、角田に積極的に走行させていた。

繰り返しになってしまうが、速く、巧く、正確なドライビング。バトルで決して競り負けず、勝負所では積極果敢で観客をワクワクさせる。しかも、冷静で落ち着きあるフェアな戦い方。
F4時代から抜きんでた存在だった角田裕毅は、ヨーロッパでの戦いのなかでさらに良さを伸ばし、良い意味での「規格外」の非凡な存在になっている。しかも、20歳(5月11日に21歳)とアスリートとして伸び盛りの時期。

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そんな角田が今年F1にデビューする。SNSでも角田は期待と応援のコメントが世界中から寄せられる存在になっている。
「鈴鹿で、大勢のファンのみなさんの前で、走りたい」
昨年、F2の最終戦のレース直後インタビューで、角田はこうコメントしていた。
鈴鹿は、角田にとってSRS時代からのホームコースであり、国内レース時代に輝かしい結果を残したところ。
今年、アルファタウリ・ホンダで鈴鹿に戻ってきとき、角田はどんな走りとんどんな戦いを見せてくれるだろう。考えただけでも、今からワクワクしてしまい、10月の日本GPが待ち遠しくなってしまう。

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