F1

熱田護

熱田護

出身はどちらですか? 「三重県の鈴鹿です」

と答えると、「あ?なるほど。だから、F1の写真を撮っているんですね」と、ご挨拶した多くの方から、そんなリアクションを頂きます。

それだけ、『鈴鹿=F1』というイメージが浸透しているからなのでしょうか。

近鉄の白子駅からサーキット方向へ1kmと少しいったところに、僕が通っていた白子中学校があります。そして風向きにもよりますが、鈴鹿市駅の近くにある神戸高校でもサーキットを走行しているレーシングな音が授業中でも聞こえてきます。

熱田護Photo:Mamoru Atsuta

そのレーシング音が遠くから聞こえるので、授業に集中出来ない学生であったように思います。

高校生の頃、鉄道写真で写真が好きになり、テレビドラマの『ジョン&パンチ』でバイクが好きになり、鈴鹿サーキットへバイクレースの写真を撮りに通っていました。楽しかったですね!

その楽しさが、『将来バイクのレースの写真を撮って生活できたらいいかも』という思いに変わって、東京の写真の学校に進んだわけです。

熱田護Photo:Mamoru Atsuta

長くなりますので割愛しますが、幸運にもオートバイレースの世界選手権を追いかける会社の社員カメラマンになることができて、プロとしてレースの写真を撮り始めていました。

その会社に1987年F1日本GPのオフィシャルカメラマンのお仕事が来て、鈴鹿に行ったのが僕のF1撮影の初GPとなりました。

当時、F1にはまったく興味がなかった僕は、コーナリングの速さと、お客さんの多さにただただ圧倒されていました。その時から、今年のモナコGPを終えた時点で545戦のF1を撮影してきました。

これまで、いろいろなことがありました。

特に昨年、2021年のシーズンは僕にとって忘れられないシーズンとなりました。今年はゼッケン1番を付けたマックス・フェルスタッペン選手が、日本のサクラで作ったPUとともに鈴鹿に帰ってきます。

そして、角田裕毅選手の初凱旋レースでもあります。本人も「めちゃくちゃ楽しみです!」と言っていました。

角田選手、そしてサクラのPUに多くの方からの応援をお願いしつつ、その勇姿と音を聞きに鈴鹿に来てほしいと願います。

■熱田護(あつた まもる)
1963年生まれ。三重県鈴鹿市出身。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。2輪世界GPを転戦し、1991年よりフリーランスとしてF1をはじめ、レースや市販車の撮影を行う。時にドライバーにカメラを叩かれつつもアグレッシブに近づいて表情を捉えるクロースアップの写真が特徴。