F1

中嶋一貴

中嶋一貴Photo:TOYOTA

初めての鈴鹿ですか?もちろん、記憶にありません(笑)。僕が生まれて2年は(父・悟氏が)F2に参戦していたので、おそらくその応援に行ったのではないか、と想像しています。物心ついてからは、F3000ですかね。影山正彦さんが中嶋企画で走っていたときに鈴鹿に行ったのは、記憶にあります。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

自分が4輪のレースで初めて国際レーシングコースを走ったのは、2003年のフォーミュラ・トヨタ。そして翌2004年の全日本F3開幕戦は、やはり忘れられないレースですね。全日本F3デビュー戦で2連勝。まぁ、僕は「あれが人生のピークだった」とよく言っているのですが(笑)、普通に走ったら普通に速かったんですよ。以降、より頑張ろうとすると、どんどん遅くなっていくという、非常に苦しい経験の始まりではありましたが……。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

その後ヨーロッパへとわたり、F1にステップアップしてフル参戦2年目のシーズンとなった2009年、いよいよ鈴鹿でのF1日本グランプリを迎えました。

ただ、鈴鹿を走ることに対して若干ブランクが空いていたんですよ。だからホームグランプリとはいえ、「ホーム感はあまりないなぁ」と思って臨んだ記憶があります。もちろん、スタンドはお客さんでいっぱいで、「子どもの頃から見ていたF1の雰囲気だなぁ、そこに自分がいるんだ」という気持ちがあったことは鮮明に覚えていますね。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

国内レースに復帰してからも、鈴鹿は何かとゆかりが深いコースです。2012年に初めてのスーパーフォーミュラのタイトルも鈴鹿で決めましたし、スーパーGTでは2014年に1000kmでも勝った。その年は2度目のフォーミュラのタイトルも獲得。2019年、僕にとってGTでの最後となった勝利も鈴鹿でした。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

そういえば、昨年12月に引退を発表したあと、サプライズでセレモニーをしていただいたのも、鈴鹿でのスーパーフォーミュラ合同テストでしたね。やはり、非常にご縁のある場所だなぁと思います。

60年という非常に長い歴史を紡いできていただいたことには、ファンとしてもいちドライバーとしても感謝しています。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

F1ドライバーもよく、『好きなサーキット』として鈴鹿の名を挙げますが、あれは社交辞令ではなく、本気でそう言っているんです。世界的に見ても魅力が認知されているサーキットだと思いますので、今後も富士スピードウェイとともに日本を引っ張っていく存在であってほしいですね。

中嶋一貴Photo:TOYOTA

■中嶋一貴(なかじま かずき)
1985年生まれ、愛知県出身。中嶋悟の長男で、2003年よりトヨタのスカラシップドライバーに。2007年にウイリアムズのリザーブドライバーとなると、同年の最終戦ブラジルGPでF1デビューを果たす。2008年、2009年とウイリアムズよりF1フル参戦。2011年より国内レースに復帰し、2014年はスーパーフォーミュラ王者に輝いた。また、2012年からはWEC世界耐久選手権に参戦し、3度のル・マン24時間総合優勝を獲得。2021年に36歳という若さでドライバーを引退し、現在はトヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパの副会長を務める。