F1

金子博

金子博Photo:Noriaki Mitsuhashi

1980年から1シーズンのメディアパスをもらってF1の現場に写真撮影に通うようになったのだけど、鈴鹿を含めてこれまでF1に何回行ったことか。鈴鹿サーキットが60周年というのもすごいですけど、僕も結構通っちまったなあと、ちょっと感慨深いです。

鈴鹿サーキットは長い年月をかけて、これまで山を削ったり丘を観客席に変えたり、コースを含めてすごく細かい部分まで改良を続けてきて、その努力はすごいなと思っています。基本的な雰囲気は変わらないけど、ずっと通っていると、どんどん良くなっているのを感じます。

そのなかで僕に関して一番思い出に残っているのはやはり1987年の鈴鹿での最初のF1開催ですね。こちらからパスポートや外国のお金を持たなくてもF1に行けるうれしさ、そして海外のチームやクルマ、ドライバーが日本の鈴鹿に来ていること自体が感慨深かった。

金子博Photo:Noriaki Mitsuhashi

僕は最初にF1に行ったのは1976年の富士で、1978年のモナコGPで最初の海外F1に行ったのですが、当時は海外のサーキットに行くことだけでもものすごく苦労して、それまで遠くに行かなきゃ見れなかったものが10年くらい経って鈴鹿に来た。F1が初めて自分のホームコースに来ていることを誇りに感じて、ものすごくうれしかったのを覚えています。

当時の海外のカメラマン仲間が鈴鹿にいるのも不思議な感覚でしたし、今まで海外のサーキットでの撮影ポイントを教えてもらっていたのが、鈴鹿ではコースの特徴とか撮影ポイントを僕が教えるというのも新鮮で面白かった。新幹線の乗り方とか道路標識、日本の食事やメニューの見方を教えたり、楽しかったなあ。

当時から鈴鹿の設備の素晴らしさも際立っていて、特にトイレは設備というよりメンテナンスが素晴らしくて、世界のサーキットのなかで完全に一番キレイだと思いました。行き届いた掃除をしてくれていた方たちに感謝したいですし、F1関係者にも自慢ができるレベルです。

金子博Photo:Hiroshi Kaneko

そして、その肝心な第1回目の鈴鹿のF1の写真、中嶋悟さんの最初の凱旋レースの写真は、力が入りすぎて空回りしてしまった。あまりのうれしさに興奮しすぎてしまって、もちろん仕事として行っていたわけですけど、あまりいい写真が撮れなかった(苦笑)。今見ると、小っ恥ずかしい写真ばかり。それくらい、あの時の鈴鹿はそれまでとは違いました。1987年の鈴鹿は写真に関しては忘れたい部分でもあります。

今のF1はレース数も増えてアメリカでの大会も増えて行きそうですが、やはり鈴鹿サーキットにはこれからもF1を続けてほしいというのが僕の一番の願いです。F1のなかでも鈴鹿、そしてスパ・フランコルシャン(ベルギーGP)、モナコGPはなくなってはいけないサーキットだと思っています。

金子博Photo:Noriaki Mitsuhashi

■金子博(かねこ ひろし)
1953年生まれ、東京都出身。東京写真専門学校卒業後、1976年よりフリーランスフォトグラファーに。同年に富士スピードウェイで開催されたF1イン・ジャパン(日本GP)をきっかけに活動をF1に絞り、海外サーキットに赴く。グリッドでの広角アングルの写真が特徴的で、長年にわたりF1の迫力、写真に収めてきた。2011年にはF1GP取材500回を越え、バーニー・エクレストンから永久取材パスが贈呈されている。