鈴鹿8耐 Webマガジン

第11回 2020鈴鹿8耐Webマガジン
ケニー・ロバーツ 鈴鹿8耐を語る

『ファンの悲鳴、スタッフの号泣はいまでも覚えているよ』

KR19ってなんだ!?
1984年の暮れだったかな、YAMAHAから鈴鹿8耐に出場してほしいと依頼があったんだ。即答したよ『NO』ってね(笑)。それでもYAMAHAはことある毎に誘ってくるから、こちらも折れて出場するようなことを言ったんだ。ただ、まず鈴鹿サーキットを知りたかったし、新しいマシンにも乗ってみたかったので、答えを出すのはそれからだって。それで85年の鈴鹿200kmレースを観に行って、その帰りにYAMAHAのテストコースでファクトリーのFZR750に乗ったんだ。それでまた『NO』って言ったんだけど、いちど出るようなことを言った手前引き返せなくなってね。
 
耐久レースであるということはもちろんわかっていたけれど、それがどんなレースかまでは知らなかった。いや、どんなレースにせよ私の場合はあまり事前情報は必要としないんだ。だけど、この鈴鹿8耐だけは情報収集しなかったのは失敗だったよ。それまでのGPと同様にツナギ、グローブ、ブーツと一着しか用意しなかったものだから、走り終わるたびにすべてが汗でびしょびしょになって、次に乗るときの準備が本当に気持ち悪かった。汗でびしょびしょのツナギを着るのだから当たり前だけどね。

それと思い出に残るのは、予選で2分19秒を出したとき、ピットからKR19のサインボードが出たんだ。それまでGPや他のレースを走ったとき、予選でタイムを示すということはなかったんだ。だから『KR19? なんだ? なにかトラブルなのか?』って、まったく意味がわからずに次の周にピットインしたんだ。そうしたらスタッフが大騒ぎでね。前年にワイン・ガードナーが2分21秒のトップタイムをマークしていて、85年は2分20秒台と思われていたらしい。そこで19秒台を出してものだから、スタッフはライバルを破ったと大喜びだったんだ。こっちは、もう1周走ればさらにタイムを詰めることができたのに、余計なサインを出してくれたものだと呆れていたのだけれどね。でも、私にとってタイムは重要ではないんだ。どこまでマシンを仕上げられたかが重要で、タイムはその結果でしかないからね。
 

ゴールまであと32分。そう、あと32分だった

決勝レースのスタートでの失敗は、アクセルを1/4程度開けたままにしてセルモーターを回してしまったこと。これは完全に私のミステイク。当時のGPマシンは押し掛けでエンジンを始動させていたのだけれど、そのときの癖が完全に染みついていてね。平が一生懸命にマシンを押してくれて、何かの拍子でアクセルを戻したら、その瞬間にエンジンがかかったんだ。これでポールポジションなのに最下位スタートになってしまった。でも、いつものように集中して走り、1時間のスプリントを終えたときは4位だったかな。それから平と追い上げてトップに立ったんだ。

このレースでは、ものすごい数のファンがサーキットを埋めていたのを覚えている。ピットから出たときのアウトラップでは、熱狂するファンの姿や声までも聞こえたよ。ただ、その姿から、思い切りブーイングされているか、思い切り応援されているかのどちらかだろうなと(笑)。そういえば泊まっているホテルにもファンが詰めかけていて、本当に日本のファンはアツイなと思ったよ。
 
32分、そう32分だ。覚えているよ。ゴールまで残り32分で平のマシンが止まったんだ。ファンの悲鳴が聞こえるし、号泣しているスタッフや関係者もいて、なにが起きているのか理解できなかったのを覚えている。レースではトラブルやリタイアは当たり前なのに、みんなが正気を失っているようで、この場から早く立ち去りたいと思ったよ。でも、よくよく考えれば、この鈴鹿8耐が、メーカーにとってもファンにとっても、とても偉大なレースだったんだとわかったんだ。

私は86年にもライダーとして鈴鹿8耐に出場して、88年に監督として優勝することができた。このときのマシンは、85年に私が最初に乗っマシンから改良されていたものだった。平は90年にエディ・ローソンと組んで優勝しているけれど、一緒に出場したデイトナ200マイルのときから才能のあるライダーだと思っていたし、鈴鹿8耐ではずっと苦しんでいたから、私にとってもうれしい勝利だったよ。

これから鈴鹿8耐に出るライダーへのアドバイスがあるとしたら、そうだね、ツナギは10着くらい用意したほうがいいということかな(笑)
※インタビューは2015年に収録されたものです。

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