ロードレースと鈴鹿サーキット (1990年代)

伊藤真一 Honda NSR500/1990年 500ccクラスチャンピオン

 1990年代は、才能に恵まれた多くのライダーが途切れることなく登場する。そしてその代表格が、シンデレラボーイと呼ばれた伊藤真一だ。

 1988年、当時の最高位ライセンス国際A級に昇格した伊藤は、いきなりHondaワークスHRCに大抜擢され、さらに同年から国内最高峰GP500クラスにHondaワークスマシンNSR500でフル参戦を開始。まさにシンデレラボーイと呼ぶに相応しいストーリーで、1990年に全日本ロードレース(以下全日本) GP500クラスでチャンピオンを獲得する。
 伊藤は1993年から世界グランプリの500ccクラスにフル参戦を開始。同じ年、全日本GP250クラスで1989年から1991年にかけて3連覇を達成した岡田忠之、同クラスの1992年チャンピオン原田哲也、同じく青木宣篤が世界挑戦を開始。原田は参戦初年度にして250ccクラスで世界チャンピオンを獲得する快挙を成し遂げた。

阿部典史 Honda NSR500/1993年 500ccクラスチャンピオン

 全日本GP500クラスでは、1991年はピーター・ゴダード、1992年はダリル・ビーティーがチャンピオンを獲得。そして1993年はノリックこと阿部典史がチャンピオンの座についた。参戦初年度にして国内最高峰クラスで大活躍したノリックは、速さと共に独特なライディングスタイルで注目されたが、特徴的なロングヘアも、一気にファンを拡大させる要因だった。
 この1993年を最後に全日本ではGP500クラスの開催が実質終了し、1994年からはスーパーバイクが最高峰クラスとなった。
 1984年から国際A級に新設された4ストロークマシンによるTT-F1クラスは、2ストロークマシンの500ccクラスと共に双剣を成してきた。TT-F1クラス初代チャンピオン八代俊二や辻本聡など、このクラスも多くのスーパースターを輩出。そして1994年に、TT-F1クラスに代わり、スーパーバイククラスが新設される。

吉川和多留 YAMAHA YZF750/1994年 スーパーバイククラスチャンピオン

 その初代チャンピオンに輝いたのは吉川和多留だ。そして青木琢磨(1995年・1996年)、芳賀紀行(1997年)、全日本に復帰した伊藤真一(1998年)、1999年には再び吉川和多留がチャンピオンに返り咲く。
 鈴鹿8耐でも同様にTT-F1からスーパーバイクへとマシンレギュレーションが変更される。そして1997年、伊藤真一と宇川徹のホリプロ・ホンダwith HARTが、8時間フルタイムの耐久レースで日本人ペア初の優勝を遂げ、さらに1998年には連覇を達成する。
 また、1980年代の2&4レースでは、GP500とTT-F1の両クラスが同日開催されることもあったが、1989年からはTT-F1クラスの開催となった。そしてこの2&4レースは1992年の大会で一旦幕を下ろすが、2000年に復活開催を遂げ、再び2輪と4輪の国内最高峰クラスの競演が始まった。
 さて、スーパーバイククラスは、2002年の移行期を経て、2003年からJSB1000クラスが国内最高峰クラスとなり、現在へと続くのである。

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