2018 AUTOBACS SUPER GT Round3 SUZUKA GT300km Fan Festival

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.14

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.14
 SUPER GTシリーズの前身、全日本GT選手権(JGTC)が発足した経緯のひとつには、1990年代半ば、時代の流れのなかで行き場を失いそうになっていた名車・NISSANスカイラインGT-Rがレース活動を続けられる場を創出する、という目的があったとされる。その後JGTCは大きく発展し、2005年にはSUPER GTへと名を変えていくのだが、長い歴史のなかスカイラインGT-Rは2003年限りでSUPER GT GT500クラスから勇退。その任をフェアレディZに託し、しばしGT500戦線からその名を消していた。

 そして、NISSAN GT-R(R35型)としてGT-Rが帰ってくる日がやってきた。2008年のSUPER GT開幕戦「鈴鹿GT300kmレース」は、新たなGT-R伝説の第一章として日本レース史に記録と記憶の両面で深く刻まれることを運命づけられていた一戦といえよう。新型GT-Rは翌2009年からの新GT500技術規定を一部先取りしたマシンとしてデビューするのだが、極論すれば、GT-R復活という一大事に際してそういう細かい話は戦う者にも観る者にも、どうでもよいくらいだった。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.14
 NISSANの大エース、本山哲は後年、2008年SUPER GT開幕戦鈴鹿を振り返り、「あれほど『勝たなければならない』と意識したレースはないし、2008年は絶対にチャンピオンを獲らなければならない年だった」との旨を語っている。GT-R復活初戦、この年からついにNISSAN勢究極と呼べる最速最強コンビをブノワ・トレルイエと結成した本山にとって、GT-Rのどれかが勝てばいいというレースではなかった。自分たち“ニスモの23号車"XANAVI NISMO GT-Rが勝たなければならない、そういうレースだった。

 もちろん、他のGT-R勢も「自分たちが復活初戦の勝利を」と虎視眈々。特に当時のニスモは2カー体制であり、No.22 MOTUL AUTECH GT-Rのミハエル・クルム/柳田真孝はNo.23 本山組GT-Rにとって心強い味方であると同時に、最大のライバルでもあった。そして予選ではNo.22 GT-Rがポールを奪い、No.23 GT-Rは2位という結果に甘んじる。

 決勝レースでも優勝争いはニスモの同門バトルによって展開された。レース前半はクルム駆るNo.22 GT-Rが首位を守って走行、トレルイエのNo.23 GT-Rが2番手に続く。こうなると注目はピットストップ攻防だ。先に動いたのはNo.23で、22周終了のタイミングでトレルイエから本山にバトンタッチ。続いて今度はNo.22がピットへ入り、クルムから柳田に交代する。

 No.22がコースに戻った時点ではNo.22が前。しかしタイヤが温まっていないため、先にタイヤ交換して既にタイヤが温まっているNo.23が急速に差を詰めてくる。No.22 柳田のタイヤに熱が入る前にNo.23 本山が追いついて抜けるか、鈴鹿サーキットの大観衆は息を飲む数十秒を味わうことに。
 
 ヘアピンを前にして本山が柳田に追いついた。そしてヘアピンの立ち上がり、GT300マシンも並んだところで本山が柳田をかわして前へ。GT-R伝説再開の1-2フィニッシュは、No.23 本山&トレルイエが前、No.22 クルム&柳田が後ろという形勢でレースを終えることになるのであった。

 チームメイト同士が真剣勝負で競い合っての劇的1-2。最強GT-Rの新たな物語は、素晴らしいかたちで幕を開けた。そしてNo.23 本山&トレルイエはこの年、使命であったGT500ドライバーズタイトル獲得を果たすことになる。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.14
 SUPER GT GT300クラスの2008年オープニングウイナーの座をかけた戦いも、予選1位と2位のマシンによって展開された。ポールスタートのNo.2 プリヴェKENZOアセット・紫電(高橋一穂/加藤寛規)と2番手発進のNo.7 ORC雨宮SGC-7(井入宏之/折目遼)、逃げるNo.2 紫電と追うNo.7 RX-7の戦いは後半、ドライバーが高橋と折目に代わってから激化する。決着は39周目、No.7 折目がシケインでついにNo.2 高橋をパスし、そのまま開幕勝利へと加速していった。

 マツダRX-7のSUPER GT GT300クラスでのシリーズ戦通算勝利数は11で、2017年終了時点で車種別歴代3位の数字とされる。最初の勝利はJGTC初年度の1994年、最終勝利が2010年という長い活躍時期を誇った人気国産車RX-7。2006年には井入と山野哲也のドライブによってシリーズチャンピオンにもなっている。この2008年開幕戦鈴鹿での勝利はRX-7のシリーズ戦通算9勝目、鈴鹿サーキットでの初優勝だった。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.14

※内容は予告なく変更となる場合がございます。
※使用している写真・イラストはイメージです。

ページトップへ

モータースポーツ

(c) Mobilityland Corporation All Rights Reserved.
Kochira (Kochira family) is an original character of MOBILITYLAND designed by Mr. Osamu Tezuka. (c)TEZUKA PRODUCTIONS

ツインリンクもてぎ