第46回 インターナショナル SUZUKA 1000km "SUZUKA 1000km THE FINAL" 4月22日(土) 23日(日)

SUZUKA 1000kmの歴史「1992年〜1996年」

 今年2017年で「SUZUKA 1000km」としての歴史にはピリオドを打ち、来年から新たな10時間耐久レースとしてスタートを切る、夏の鈴鹿4輪耐久ビッグイベント。過去45回のSUZUKA 1000kmの歴史を振り返る連載企画のPart5は、時代の波が大きくうねっていた1992〜1996年の第21〜25回大会を取り上げる。

 1980年代初頭に生まれたグループC規定は、燃料使用総量(燃費)をレギュレーション基幹とすることで、かなり自由度の高いエンジン設計を可能にした優秀な規定であった。しかし、1990年代に入る頃からFIA(当時の内部組織FISA)は当時のF1と同じ3.5ℓ自然吸気エンジン搭載を基本とした新グループC規定への移行を図る。この移行はいくらかの混乱とともに段階的に進んだといえるが、SUZUKA 1000kmにもその余波は及ぶ。

 1991年までは全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)の一戦だったSUZUKA 1000kmだが、1992年の第21回大会はスポーツカー世界選手権(SWC)の一戦としての開催になる。新規定となったグループCの世界選手権シリーズは台数面では隆盛していたとは言い難く、この年のSUZUKA 1000kmの参戦台数はわずか12台になってしまう(決勝出走は11台とされる)。
 
 1992年のSUZUKA 1000kmを制したのはプジョー905のデレック・ワーウィック/ヤニック・ダルマス、走破時計は5時間30分09秒627。距離987kmながら、これは現在でもSUZUKA 1000km史上実質最速ゴールタイムとなっている。新規定Cカーは速いことは速かった。

1992年 プジョー905 (デレック・ワーウィック/ヤニック・ダルマス) 1992年 プジョー905 (デレック・ワーウィック/ヤニック・ダルマス)
 翌1993年にはSWCが消滅し、SUZUKA 1000kmは単独イベントとしての開催に。旧規定のCカーや世界の耐久レースシーンの新主役となっていくGTマシン等の混走期といえる2年間に入る(参加台数は大幅に回復)。1993年の第22回大会優勝は、日産R92CPの和田孝夫/鈴木利男。Cカー最後のSUZUKA 1000km優勝であった。1994年の第23回大会はポルシェ911ターボLMのジャン-ピエール・ジャリエ/ボブ・ウォレク/ジーザス・パレハが制した。

1993年日産R92CP (和田/鈴木) 1993年日産R92CP (和田/鈴木)
1994年ポルシェ911ターボLM (ジャン-ピエール・ジャリエ/ボブ・ウォレク/ジーザス・パレハ) 1994年ポルシェ911ターボLM
(ジャン-ピエール・ジャリエ/ボブ・ウォレク/ジーザス・パレハ)
 
そして、1995〜1996年は当時興隆したBPR GTシリーズの一戦としてSUZUKA 1000kmは開催されることに。BPRというのは、シリーズ創設に関わった3人の人物の頭文字から成っているが、このうちのひとり「R」はステファン・ラテル氏。2018年からの鈴鹿10時間耐久レースのコラボレーションパートナーとなるプロモーター組織「SROモータースポーツグループ」の代表であるラテル氏とSUZUKA 1000kmには、こういう縁もあったのだ。

 1995年の第24回大会と1996年の第25回大会はいずれもマクラーレンF1-GTRが優勝。1995年にはル・マン24時間レースも制している名GTカーだ。その1995年のル・マンで日本人選手初優勝を成し遂げた関谷正徳は、同年のSUZUKA 1000kmで凱旋勝利も果たしている。この時はレイ・ベルム、マウリシオ・サンドロ・サラとのトリオ。翌1996年はベルム/ジェームス・ウェーバー/JJレートが優勝を飾っている。
 
1995年マクラーレン・F1-GTR (レイ・ベルム/マウリツィオ・サンドロ=サーラ/関谷正徳) 1995年マクラーレン・F1-GTR
(レイ・ベルム/マウリツィオ・サンドロ=サーラ/関谷正徳)
1996年マクラーレン・F1-GTR (ベルム/ジェームス・ウェーバー/JJレート) 1996年マクラーレン・F1-GTR
(ベルム/ジェームス・ウェーバー/JJレート)

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