2018 AUTOBACS SUPER GT Round3 SUZUKA GT300km Fan Festival

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
 西暦2000年、6回目の開催を迎えた「鈴鹿GT300kmレース」の全日本GT選手権(JGTC)シリーズにおける位置付けは、それまで務めていた開幕戦とは真逆のものへと変化することになった。ここからSUPER GT初年度の05年までの期間、鈴鹿GT300kmレースは原則的に最終戦として開催されていく(注:2001年は最終戦ひとつ前の開催)。

 言うまでもなく最終戦はタイトル決定戦となる可能性が高い。当時はウエイトハンデ制のルール等が現代とは大きく違い、最終戦も原則全車ノーハンデではなかったが、GT500、GT300、両クラスとも至尊の冠をかけた全身全霊のファイナルバトルが鈴鹿サーキットで展開されることに。そして鈴鹿での最終戦初回開催となった2000年は、両クラスともかなりの接戦状況で“決着の鈴鹿”に突入した。

 GT500のドライバーズタイトル争いは5つの陣営にチャンスが残っており、特にトップ2は1ポイントという僅少差。ランク1位はNo.1 ロックタイト・ゼクセルGT-Rのエリック・コマスと影山正美。コマスは3年連続、影山は2年ぶりの王座を目指していた。1点差のランク2位は#16 Castrol 無限NSXの道上龍。こちらは自身とHondaにとっての初王座獲得を狙う(道上のパートナーは光貞秀俊。シーズン途中から道上と組んだ光貞には個人王座獲得権がなかった)。

 最終戦のハンデはNo.1 GT-Rが70kg、No.16 NSXが80kgと、ともに重め。上位を狙えるとは言い難い数字に思えるが、この頃のNSXには重ハンデでも相当なパフォーマンスを発揮できる強さが備わってきていた。予選結果はNo.1 GT-Rが10位だったのに対し、No.16 NSXは5位。しかもハンデ20〜30kgのNSXが予選ワン・ツーと、決勝を前にGT500ドライバーズタイトル争いはNo.16 NSX優位な方向に流れつつあった。

 No.1 GT-Rにとっては、僚機であるNo.2 カストロール・ニスモGT-R(片山右京/ミハエル・クルム)が予選2位に相当するタイムを出しながらも再車検でタイム抹消、クラス最後尾にまわることとなったのも誤算だったといえよう。R34型スカイラインGT-R勢では、予選3位につけたドライバーズポイントランク3位のNo.12 カルソニックスカイライン(星野一義/本山哲)の方がむしろNo.1より王座に近いかもしれない、そんなふうにも考えられた。

  • SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
  • SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
   しかし決勝レースはNSX勢の独壇場、なんとワン・ツー・スリー・フォーでゴールを迎えることになり、GT-R勢の希望をまとめて粉砕する格好になった。優勝は予選2位だったNo.64 Mobil 1 NSX(伊藤大輔/ドミニク・シュワガー)。これにNo.8 ARTA NSX(鈴木亜久里/土屋圭市)が2番手で続き、ポール発進ながら予選終盤にクラッシュというネガティブ要素も抱えての決勝臨戦だったNo.100 RAYBRIG NSX(飯田章/服部尚貴)が3番手、そして道上のNo.16 NSXは4番手でゴールした。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
 GT-R勢はNo.12、No.2、No.1の順で5〜7番手でのフィニッシュになり、王座は道上のもとへ。GT500専用機登場以降、最速の名を欲しいままにしながらもタイトルには手が届かなかったNSXが、開発にも大きく携わってきた道上と一緒に、ついにHondaの総本山・鈴鹿でJGTCの頂点に立ったのであった。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
 なお、レース後の再車検で2〜3番手のNSXが失格し、道上は最終戦2位でHonda勢初のGT500ドライバーズタイトル獲得を決める格好となった(チーム部門王座もHondaの「無限×童夢プロジェクト」が獲得)。鈴鹿で最初の最終戦開催は予選、決勝とも上位失格が相次ぐ結果となったわけだが、それは(一概には言えないにしても)Honda、日産、TOYOTAの戦いがさらに本気度を増してきた証明であったともいえるだろう。

 全日本GT選手権(JGTC)GT300クラスのタイトルマッチも熾烈だった。最終戦前の段階でドライバーズランキングのトップ2は同点。この接戦を制してドライバーズチャンピオンに輝いたのは、#26 シェルタイサンアドバンGT3Rの福山英朗である。福山は最終戦を2位で終え、同4位だった#910 ナインテンウェディングアドバンポルシェ 余郷敦/和田久との同じマシン、同じタイヤ銘柄のタイトル争いに打ち勝った(福山のパートナー、松田秀士は福山とは年間通算ポイントが違い、個人王座獲得権はなかった)。

  • SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
  • SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.6
 最終戦の全日本GT選手権(JGTC)GT300クラス優勝はNo.31 スーパーオートバックス アペックスMR-Sの新田守男/高木真一。2017年シーズン終了時点でGT300歴代最多18勝に並ぶふたりは、うち12勝をともに挙げた最強コンビでもあったが、この2000年最終戦鈴鹿での勝利は彼らのコンビ通算2勝目だった。

※内容は予告なく変更となる場合がございます。
※使用している写真・イラストはイメージです。

ページトップへ

モータースポーツ

(c) Mobilityland Corporation All Rights Reserved.
Kochira (Kochira family) is an original character of MOBILITYLAND designed by Mr. Osamu Tezuka. (c)TEZUKA PRODUCTIONS

ツインリンクもてぎ