2018 AUTOBACS SUPER GT Round3 SUZUKA GT300km Fan Festival

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.2

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.2
 1996年の全日本GT選手権(JGTC)開幕戦、2年目の開催となった「鈴鹿GT300kmレース」は“怪鳥飛来”もしくは“黒船来襲”の一戦として形容され、日本レース史にその名を深く刻んでいる。怪鳥、あるいは黒船と呼ばれたマシンは、マクラーレンF1 GTRだ。

 前年のル・マン24時間レース、これを制したマシンがマクラーレンF1 GTRであった。名門F1チームが市販した究極のロードゴーイングカー、マクラーレンF1は当初からレース参戦を企図されていたわけではなかったが、湧き上がる要望によってサーキットへと導かれるかたちに。そしてマクラーレンF1 GTRが雨も味方に1995年のル・マンで総合優勝を飾る。ちなみにこの時の優勝クルーのひとりは、現トムス首脳の関谷正徳氏。日本人選手初のル・マン総合優勝という偉業だった。

 そのマクラーレンF1 GTRが翌1996年のJGTCに2台参戦。のちにプライベートチームでル・マンを制することになる名将・郷和道氏が「チーム ラーク・マクラーレンGTR」を率い、No.60が服部尚貴/ラルフ・シューマッハーの若手組、No.61にはデイビッド・ブラバム/ジョン・ニールセンのベテランコンビという2台編成でGT500クラスに打って出た。メンテナンス主担は強豪のチームルマンという強固な体制である。

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 マクラーレンF1 GTRはBMW製V12エンジンを搭載、そしてガルウイングが外観上の特徴といえた。赤基調も鮮やかなLARKカラーを纏った2台が“翼”を開く姿はまさしく怪鳥。日本ではこれ以前にも怪鳥と称されたレーシングカーはいくつかあったとされるが、「これぞ」と感じられたものだ。

 そしてシーズン開幕戦の鈴鹿GT300kmで怪鳥が見せたパフォーマンスと残したリザルトは、黒船来襲の如し、でもあった。雨の予選でNo.60服部尚貴/ラルフ・シューマッハーがポールポジションを獲得し、ドライの決勝レースではNo.37 カストロール・セルモ・スープラ(エリック・コマス/光貞秀俊)との戦いを制して優勝を飾る。No.61 デイビッド・ブラバム/ジョン・ニールセンは予選こそ13位だったものの、レースが終わってみれば見事に2位(No.37 スープラは終盤ストップ)。怪鳥マクラーレンは日本初戦で1-2フィニッシュを果たしたのであった。

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 その後2台のLARKマクラーレンF1 GTRはシリーズ6戦全戦でポール獲得、レースでもハンデと付き合いながら6戦4勝とGT500クラスを席巻し、ドライバーズ&チームタイトルを獲得する(ドライバーズ王者はデイビッド・ブラバム/ジョン・ニールセン)。一年限りとなる赤い怪鳥の黒船伝説、その端緒が1996年JGTC開幕戦・鈴鹿GT300kmレースであった。

 GT300クラスの1996年開幕ウイナーはNo.26 タイサン ポルシェ RSR、ドライバーは鈴木恵一と新田守男。2017年終了時点でGT300クラス通算最多勝トップタイの18勝を誇る新田だが、その第一歩がこのレースから始まったことになる。1996年JGTC開幕戦・鈴鹿GT300kmは、両クラスとも実に歴史的意義の大きいレースだった。

SUZUKA GT300kmの歴史「1995年〜2010年」を振り返る Vol.1

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