SUZUKA Sound of ENGINE 2017

LEGEND of Formula1

McLAREN M23

1976

McLAREN M23

 1973年にデビューしたマクラーレンM23 は当時としてはスタンダードなコンセプトで作られたマシンだったが、改良を重ねながらトップ争いを展開。1976年ジェームス・ハントがチームに加入すると、フェラーリのニキ・ラウダと激しいチャンピオン争いを展開した。この年富士スピードウェイで行われた最終戦、雨の中ラウダがレースを棄権するとハントは3位フィニッシュ。逆転で初のチャンピオンを獲得した。マクラーレンの長い歴史の中でも記録に残る名車だ。

Lotus 72C

1970

Lotus 72C

 ロータスが1970年にデビューさせたF1マシン。当時フロントに配置されていたラジエターをボディサイドに移し、ブレーキをインボード化。全体をウエッジ・シェイプ(楔形)にした革新的デザインで登場。この年マシンは72B、72Cと進化しながらヨッヘン・リントが4勝、エマーソン・フィッティパルディが1勝を記録する活躍を見せた。ロータス72は1977年まで活躍し、2度のドライバーズチャンピオン(1970年・72年)、3度のコンストラクターズチャンピオン(1970年・72年・73年)を獲得した。

COOPER MASERATI T86

1967

COOPER MASERATI T86

 それまではプライベートチームにシャシーを供給していたクーパーが、1955年から本格的にF1に参戦を開始。1957年はエンジンをドライバーの後方に搭載するマシンを投入。このミッドシップレイアウはその後F1の主流となった。1959年・60年にドライバーズ、コンストラクターズ(製造者)のダブルタイトルを獲得。1966年からマセラティのV12エンジンを搭載し、1967年はヨッヘン・リント、ペドロ・ロドリゲスがステラリングを握り活躍した。

Wolf WR1

1977

Wolf WR1

 1977年F1に参戦したウルフは、その開幕戦アルゼンチンGPにウルフWR1を投入するとジョディ・シェクターのドライブでデビューウィンを飾った。ボディ全体が楔形のウェッジシェイプ形状でダウンフォースを稼ぎ出し、かつ軽量・コンパクトに仕上げられた名車だ。この年シェクターは3勝を記録。最終戦の日本GP(富士スピードウェイ)ではスタート直後に2位に浮上し、決勝のベストラップも記録するなど速さを見せ、日本のファンの印象に残っているマシンだ。

Ferrari F2003-GA

2003

Ferrari F2003-GA

 長い低迷の時期を過ごしたフェラーリは1996年ミハエル・シューマッハと契約し、再びトップチームへの道をスタートさせた。1999年、16年ぶりのコンストラクターズタイトルを獲得すると、2000年にはシューマッハがフェラーリ21年ぶりとなるドライバーズチャンピオンを獲得。その後もタイトルを獲得し続け、黄金期の2003年にシューマッハ、ルーベンス・バリチェロのコンビで戦ったのがF2003-GA。日本グランプリでバリチェロが優勝。シューマッハが自身6度目のドライバーズタイトルを獲得したマシンだ。

Alfa Romeo 179C

1982

Alfa Romeo 179C

 1976年、チームにエンジン供給する形でF1に復帰したアルファロメオは1979年からワークスチームとして参戦。水平対向12気筒からV型12気筒エンジン換えた179を投入。1981年にはマリオ・アンドレッティがチームに加わった。1982年にかけてアルファロメオは179C、179D、179Eと3種類のマシンを参戦させ、1981年の最終戦ラスベガスGPでアンドレッティが3位入賞。アルファロメオにF1復帰後初の表彰台をもたらせた。

Lotus 88B

1981

Lotus 88B

 ロータス78によってもたらされたグランドエフェクトカー、サイドポンツーン内のウイング形状でダウンフォースをもたらす空力思想は瞬く間にF1の主流となったが、それをさらに進化させたのがロータス88だ。ドライバーが乗るモノコック部分とダウンフォースを発生させる部分を分離させた、いわゆるツインシャシーと呼ばれるもの。革新的なマシンだったが、レギュレーションに合致しないと判断され、1度も決勝レースを走ることなく終わった幻のマシンだ。

Ferrari F10

2010

Ferrari F10

 2010年のフェラーリはレース中の給油禁止に対応したF10を投入。ルノーから移籍してきたフェルナンド・アロンソと、チーム5年目を迎えたフェリペ・マッサのラインアップでシーズンを戦った。前年のF60はキミ・ライコネンの1勝のみに終わったが、F10は開幕戦でアロンソがいきなり優勝すると、第2戦以降も4回の優勝を含む上位入賞を続けチャンピオン争いを繰り広げた。残念ながらレッドブルのセバスチャン・ベッテルと4ポイント差のランキング2位となったが、フェラーリの強さを見せつけるシーズンとなった。

KE007

1976

Kojima KE007

 FJ1300、F2000などを製作していた日本のコンストラクター、コジマエンジニアリングが1976年に富士スピードウエイで行われた、日本初のF1、F1世界選手権イン・ジャパン参戦に向けて製作した和製F1マシン。当時F1で主流だったV型8気筒DFVエンジンを搭載。10月に行われたレースには長谷見昌弘がKE007で参戦し予選で9位に食い込み、周囲を驚かせた。雨の影響もあって決勝は11位となった。

ページトップへ

モータースポーツ

(c) Mobilityland Corporation All Rights Reserved.
Kochira (Kochira family) is an original character of MOBILITYLAND designed by Mr. Osamu Tezuka. (c)TEZUKA PRODUCTIONS

ツインリンクもてぎ