SUZUKA Sound of ENGINE 2017

60's Racing Machine

Honda S800

1967

Honda S800

 1963年に発売されたHonda S500は、翌年S600へと進化しモータースポーツシーンで大活躍した。1965年にはS800が登場し、国内外の様々なレースで目を見張る好成績を残している。1967年鈴鹿1000km耐久自動車レースではポルシェ・カレラ6、トヨタ2000GT、ニッサン・フェアレディと戦い総合3、4位を獲得。特にRSC(レーシングサービスクラブ)チューンのマシンが際立った戦闘力を示し、1968年の鈴鹿12時間レースでは2台のトヨタ7に続いて総合3位に入賞した。

Lotus 23B

1963-1964

Lotus 23B

 F1で有名なイギリスのロータスから1962年にデビューした純レーシングスポーツがロータス23。ロータス23は1963年に鈴鹿サーキットで開催された第1回日本グランプリのメインイベント、国際スポーツカーレースに出場し表彰台を独占する速さを見せた。エンジンをミッドシップに搭載し、低く流麗なスタイルはファン、関係者に衝撃を与えた。その後進化版の23Bが様々なレースに参戦し活躍した。

LOLA T70 MkIII

1968

LOLA T70 MkIII

 イギリスのローラカーズが1965年に発表した2座席スポーツカーがローラT70 。改良型のT70 MkIIIが、1968年富士スピードウェイで開催された第5回日本グランプリレースに参戦した。有力プライベータの滝レーシングがポルシェとともに投入したもので、ニッサンR381とトヨタ7の戦いに挑む形となり話題になった。決勝は結果を残せなかったものの、予選では2台のニッサンに続いて長谷見昌弘がドライブするT70 MkIIIが3番手に食い込み、その速さを見せつけた。

Coniglio

1969

Coniglio

 Honda S800をベースにしたレーシングカーで、S800のシャシーにさらに軽量なFRP製のボディカウルを被せたもので、エンジンは水冷直列4気筒791cc 70馬力から、845cc 95馬力にチューンアップされ、戦闘力を大きく高めた。1969年に開催された日本グランプリではトヨタ7、ニッサンR382、ポルシェ917など大排気量、ビッグパワーマシンの中で健闘し、GP-Tクラス優勝。総合でも12位に入る速さを披露した。当時プライベートチームに販売されたが、製作されたのは10台だけという、幻のレーシングカーだ。

Austin-Healey SPRITE

1959

Austin-Healey SPRITE

 1952年にスポーツカーブランドのオースチン・ヒーレーが誕生した。1955年にアルミボディのレース用モデル、オースチン・ヒーレー100Sを発表するなど、様々なタイプを投入してきた。1958年に投入されたのがオースチン・ヒーレースプライト。特徴的な外観から日本では「カニ目」と呼ばれた。948cc直列4気筒OHVエンジンはわずか43馬力だったが、その軽量さと軽快なハンドリングでモータースポーツを始め、様々なシーンで活躍した。

Macransa

1968

Macransa

 自動車造りを志していた林みのるが20代の頃にHonda S600をベースに制作したのが「カラス」。マクランサはその発展バージョンで、S600のシャシーに軽量なFRPボディを付け、オープンシーターの形状を採用した。このマシンは空力の良さから多くの人に愛され、立教大学の学生らによるレーシングチーム「ロッドベンダーズ」を始め、プライべーターの手によって様々なレースシーンで活躍。また、レースカー作りを志す人達に多大な影響を与えた。

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