真夏の鈴鹿をバイクで走る8時間耐久レース。
第1回大会1978年から現在までの歴代優勝マシンを紹介。
"コカ·コーラ"鈴鹿8耐は2017年に第40回記念大会を迎えます。第1回大会からの歴代優勝マシンを一挙紹介!
1978年スズキGS1000
1978年(第1回大会 )
第1回インターナショナル
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
スズキGS1000
ヨシムラチューンにより第1回鈴鹿8耐の優勝マシンとなった。1977年に市販されたスズキGS750の1000cc版として1978年に発売。当時の鈴鹿8耐に出場していたヤマハTZやカワサキKRなどレースマシンを打ち破っての優勝だった。
1979年Honda CB900F
1979年(第2回大会)
第2回インターナショナル
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda CB900F
ヨーロッパでの耐久選手権で、その強さから不沈艦とも呼ばれたHonda RCB。そのテクノロジーをフィードバックして市販されたのがCB900FでDOHCエンジンを搭載。Hondaの、新たな4ストロークマシンの時代を開いた1台。
1980年スズキGS1000R
1980年(第3回大会)
世界選手権シリーズ第5戦
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
スズキGS1000R
世界耐久選手権シリーズとなった記念すべき年の優勝マシン。ヨシムラチューンのスズキGS1000Rを走らせたグレーム・クロスビーは、世界GPを欠場しての鈴鹿8耐参戦で、この年のゼッケン12がヨシムラのエースナンバーとなった。
1981年Honda RS1000
1981年(第4回大会)
世界選手権シリーズ第5戦
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda RS1000
Honda CB900Fをベースにファクトリーチューンされた1台。洗練された直列4気筒エンジンをむき出しに搭載したそのフォルムは、いまもなお耐久ファンの間では絶大な人気を博している。チームはホンダ・フランス。
1982年Honda CB900F
1982年(第5回大会)
世界選手権シリーズ第5戦
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda CB900F
台風の直撃でレース時間が6時間に短縮。海外からの主要チームがレースをキャンセルしたり転倒して姿を消していくなか、飯島茂雄と萩原紳治が優勝。チームはHondaの社内チームのホンダブルーヘルメットMSCだ。
1983年スズキGS1000R
1983年(第6回大会)
世界選手権シリーズ第6戦
鈴鹿8時間耐久オートバイレース
スズキGS1000R
スズキのGPマシンRGΓのテクノロジーをフィトーバックしたフレームに、ヨシムラチューンのエンジンを搭載。ライダーは、耐久王と呼ばれるエルブ・モアノーとリカルド・ユービンで、HBカラーのマシンは現在も人気。
1984年Honda RS750R
1984年(第7回大会)
世界選手権シリーズ第2戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda RS750R
TT-F1規定で最大排気量が750ccへと制限。これに適合させたのが水冷V型DOHCエンジン搭載のRS750Rで、マスク・ボールドウィンが鈴鹿8耐で3勝目を記録。
そしてこの年からコカ·コーラが大会冠スポンサーとなった。
1985年Honda RVF750
1985年(第8回大会)
世界選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda RVF750
1984年のRS750Rをさらに進化させたのがRVF750で、フレームには極太のアルミツインチューブを採用。ライダーは、この年からWGPの500ccクラスにフル参戦を開始したワイン・ガードナーを起用。パートナーは徳野政樹。
1986年Honda RVF750
1986年(第9回大会)
世界選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda RVF750
1985年に続いて鈴鹿8耐で連覇したチームHRC。ライダーはWGPの500ccクラスのワイン・ガードナーと、世界耐久選手権をメインに戦っていたドミニク・サロン。1986年に市販されたVFR750Fにはカムギアトレーンや片持ちのリアスイングアームが採用されるなど新たな取り組みが進む。
1987年ヤマハYZF750
1987年(第10回大会)
世界選手権シリーズ第5戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久オートバイレース
ヤマハYZF750
1985年にケニー・ロバーツと平忠彦のペアで鈴鹿8耐に本格復帰したヤマハ。WGPで怪我をした平が急きょ監督にまわり、マーチン・ウイマーとケビン・マギーのライディングにより、3年目にして鈴鹿8耐初優勝を飾る。
1988年ヤマハYZF750
1988年(第11回大会)
世界選手権シリーズ第2戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
ヤマハYZF750
ヤマハの市販バイクFZR750がベースで、5バルブエンジンをデルタボックスフレームに搭載する。ケニー・ロバーツがチーム監督として指揮を執り、ウェイン・レイニーとケビン・マギーによってヤマハは鈴鹿8耐で連覇した。
1989年Honda RVF750
1989年(第12回大会)
FIM 耐久カップシリーズ第2戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF750
ベースは1987年登場の市販VFR750R。ホモロゲーションモデルとしてFRPカウル、チタン合金コンロッド、クロームモリブデン浸炭鋼製カムシャフトなど豪華装備。ドミニク・サロンとアレックス・ビエラがHondaの牙城を守った。
1990年ヤマハYZF750
1990年(第13回大会)
FIM 耐久カップシリーズ第2戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
ヤマハYZF750
限定発売されたFZR750Rがベースで、高回転化・小型化が進み、30度前傾でエンジンが搭載された。鈴鹿8耐で悲運のヒーローとなっていた平忠彦が、エディ・ローソンとのペアで悲願を達成。カウルには優勝を祈念する1000人の名前が記された。
1991年Honda RVF750R
1991年(第14回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF750R
ワイン・ガードナーとマイケル・ドゥーハン(後に登録名をミック・ドゥーハンに変更)のドリームコンビでの優勝。この年のOKIホンダ・レーシングチームは、鈴鹿8耐ファンにとって大きなインパクトとなった。
1992年Honda RVF750R
1992年(第15回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF750R
ワイン・ガードナーが「鈴鹿8耐引退」を宣言して挑み、ダリル・ビーティーとのペアで優勝。鈴鹿8耐での通算4勝は、ミスター8耐の名に相応しいもので、宇川徹が5勝目を挙げた2005年まで、偉大な記録として歴史に記された。
1993年カワサキZXR-7
1993年(第16回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第5戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
カワサキZXR-7
1992年に塚本昭一により全日本TT-F1チャンピオンマシンとなった。この年は鈴鹿8耐を見据えてタイヤ交換システムに新機構を導入。スーパーバイク世界選手権のスコット・ラッセルとアーロン・スライトでカワサキが初優勝を遂げた。
1994年Honda RVF/RC45
1994年(第17回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF/RC45
ベースマシンは、電子制御燃料噴射装置(PGM-FI)などの最新技術やチタン合金、マグネシウムなどの軽量素材が多用されたホモロゲーションモデル。ダグ・ポーレンと、この年にHondaに移籍したアーロン・スライトが優勝。
1995年Honda RVF/RC45
1995年(第18回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF/RC45
Force V4ことHonda V4エンジンの集大成とも言えるRVF/RC45は、2年目の1995にはアーロン・スライトと岡田忠之のペアで鈴鹿8耐連覇を決める。スライトは3連勝、岡田はこの優勝を機に1996年からWGPの500ccクラスに転向。
1996年ヤマハYZF750
1996年(第19回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
ヤマハYZF750
ヤマハにとって、鈴鹿8耐で4度目の優勝マシンとなった。ライダーは新鋭の芳賀紀行とコーリン・エドワーズで、芳賀は当時の最年少優勝ライダーとなり、214周走破は当時の最多周回数と記録ずくめだった。
1997年Honda RVF/RC45
1997年(第20回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"スプライト クール"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF/RC45
スプライト クール鈴鹿8耐として開催されたこの年、台風接近により雨となり、気温も30度に届かない寒い8耐となった。そのなかで伊藤真一と宇川徹が優勝。台風が直撃して6時間レースになった1982年以来の日本人ペアの優勝だった。
1998年Honda RVF/RC45
1998年(第21回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF/RC45
ドライ路面の鈴鹿8耐で勝ちたいと語る伊藤真一と宇川徹は、参戦2年目してその目標を達成。Honda特有のV4エンジンではツインインジェクションが採用され、片持ちのスイングアームは両支持へと変更。スプライト鈴鹿8耐として開催された。
1999年Honda RVF/RC45
1999年(第22回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"スプライト"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda RVF/RC45
2年連続でスプライト鈴鹿8耐としての開催。そしてHonda RVF/RC45にとってはこの年が最終年となり、その花道を飾る立役者となったのは岡田忠之とアレッシャンドレ・バロスのWGPコンビだった。
2000年Honda VTR1000SPW
2000年(第23回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda VTR1000SPW
Hondaが新たな戦闘マシンとしてリリースしたのが、V型2気筒1000ccエンジンを搭載したVTR1000SPで、そのワークス仕様がVTR1000SPW。そしてエースゼッケン11をつけたバレンティーノ・ロッシだったがリタイア。宇川徹、加藤大治郎が優勝する。
2001年Honda VTR1000SPW
2001年(第24回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第6戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda VTR1000SPW
2000年に続きHondaはバレンティーノ・ロッシとコーリン・エドワーズをエースに据えて挑戦し、見事に悲願の優勝を達成。2000年には215周、2001年には217周を走破しており、最多周回数も2年連続で更新している。
2002年Honda VTR1000SPW
2002年(第25回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda VTR1000SPW
鈴鹿8耐では、1時間毎にライダー交替し、計7回ピットがセオリーだったが、この年のHondaは6回ピットを公言してレースに臨んだ。そしてそれを実践した加藤大治郎とコーリン・エドワーズが219周を走破して優勝。この記録はいまもなお破られていない。
2003年Honda VTR1000SPW
2003年(第26回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第6戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda VTR1000SPW
この年のHondaファクトリーにはアクシデントやトラブルが相次ぎ、鈴鹿8耐でのHondaマシンの7連覇に黄信号が灯った。それを救ったのがプライベーター生見友希雄と鎌田学のチーム・桜井ホンダで、212周を走破しての優勝だった。
2004年Honda CBR1000RRW
2004年(第27回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第5戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
Honda CBR1000RRW
Hondaは20年続いたV型エンジンから、インライン4エンジンを搭載したCBR1000RRをリリース。このマシンにはMotoGP™マシンRC211Vのテクノロジーが多用されており、デビューイヤーにして宇川徹と井筒仁康が鈴鹿8耐優勝マシンへと導いた。
2005年Honda CBR1000RRW
2005年(第28回大会)
世界選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久オートバイレース
Honda CBR1000RRW
ベース車輌のCBR1000RRは、2年目を迎えてミッション、カムシャフト、ECU(電子制御ユニット)などがレース専用に変更された。鈴鹿8耐では、ファクトリー仕様のマシンを駆り、宇川徹が清成龍一とのペアで通算5勝目を記録。新ミスター8耐となった。
2006年Honda CBR1000RR
2006年(第29回大会)
FIM 世界耐久選手権シリーズ第5戦/FIMカップ エンデュランス・オブ・ネーションズ
"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第29回大会
Honda CBR1000RR
この時代、メインカテゴリーのSBKとJSB、そして独自のXX-Formulaカテゴリーがあり、XX-Formulaはコンストラクターの技術力がアピールできるものだった。そしてこの年、XX-Formula仕様のHonda CBR1000RRを駆るF.C.C. TSR ZIP-FMレーシングチームが優勝を遂げた。
2007年スズキGSX-R1000
2007年(第30回大会)
2007 QMMF FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第30回記念大会
スズキGSX-R1000
1994年から続いたHondaマシンの連覇を止めたのが、ヨシムラ・スズキwith JOMOのスズキGSX-R1000だ。ヨシムラにとっては1980年以来の快挙で、その原動力は加賀山就臣と秋吉耕佑だった。
なお、この年から"コカ·コーラ ゼロ"としての開催となった。
2008年Honda CBR1000RRW
2008年(第31回大会)
2008 QTEL FIM 世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第31回記念大会
Honda CBR1000RRW
コンパクトなフォルム、小型軽量化された新開発エンジン、俊敏で軽快なハンドリングを実現した車体構成など、ベース車輌のCBR1000RRはフルモデルチェンジされた。そして清成龍一とカルロス・チェカにより、214周を走破しての優勝となった。
2009年スズキGSX-R1000
2009年(第32回大会)
2009 QTEL FIM 世界耐久選手権シリーズ第4戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第32回記念大会
スズキGSX-R1000
GSX-R750の技術をベースとして作られてきたGSX-R1000だが、ホイールベースを短くしながらスイングアームを延長するなど、このモデルからエンジンも含めてすべてが一新された。そこにヨシムラテクノロジーが加わり、2007年以来の通算4勝目を決める。
2010年Honda CBR1000RRK
2010年(第33回大会)
2010 QTEL FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第33回大会
Honda CBR1000RRK
2009年からHondaはファクトリー活動を休止したが、これでHonda系トップチームになったMuSASHi RT HARC-PRO.が清成龍一、高橋巧、中上貴晶のライディングで優勝。中上は最年少優勝者となったが、予選を走ったのみで決勝は未出走だった。
2011年Honda CBR1000RRW
2011年(第34回大会)
2011 QTEL FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第34回大会
Honda CBR1000RRW
Honda系トップチームの東の雄がMuSASHi RT HARC-PRO.ならば、西の雄がF.C.C. TSR Hondaで、秋吉耕佑、伊藤真一、清成龍一のスプリンターを集めて2006年以来の優勝を遂げる。清成にとってはワイン・ガードナーに並ぶ4勝目となった。
2012年Honda CBR1000RRW
2012年(第35回大会)
2012 FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第35回大会
Honda CBR1000RRW
秋吉耕佑、ジョナサン・レイ、岡田忠之という実力派ライダーをそろえたF.C.C. TSR Hondaが連覇を達成。秋吉は全日本開幕前に怪我をし、レイはレースウイークでの来日となったため、マシンを作った岡田が優勝の立役者でもあった。
2013年Honda CBR1000RRW
2013年(第36回大会)
2013 FIM世界耐久選手権シリーズ第2戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第36回大会
Honda CBR1000RRW
2012年にHondaの市販RRシリーズは20周年を迎え、このときにCBR1000RRはビッグマイナーチェンジが施された。そして2013年の鈴鹿8耐でMuSASHi RT HARC-PRO.が優勝。ライダーは高橋巧を中心に、2度目の鈴鹿8耐となるレオン・ハスラム、初参戦のマイケル・ファン・デル・マークだった。
2014年Honda CBR1000RRW
2014年(第37回大会)
2014 FIM 世界耐久選手権シリーズ第2戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第37回大会
Honda CBR1000RRW
2013年の優勝ライダーである高橋巧、レオン・ハスラム、マイケル・ファン・デル・マークを起用したMuSASHi RT HARC-PRO.が鈴鹿8耐連覇を達成。鈴鹿8耐を契機に急成長を遂げたファン・デル・マークは、この年のスーパースポーツ世界選手権でチャンピオンを獲得した。
2015年ヤマハYZF-R1
2015年(第38回大会)
2015 FIM 世界耐久選手権シリーズ第2戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第38回大会
ヤマハYZF-R1
全面維新されたYZF-R1。ヤマハのMotoGP™マシンYZR-M1のテクノロジーがフィードバックされ、フル電子制御化された。そしてこの年、復活したYAMAHA FACTORY RACIN TEAMから中須賀克行、MotoGP™のポル・エスパルガロ、ブラッドリー・スミスが優勝。ヤマハにとって1996年以来の栄冠となった。
2016年ヤマハYZF-R1
2016年(第39回大会)
2016 FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦
"コカ·コーラ ゼロ"鈴鹿8時間耐久ロードレース
第39回大会
ヤマハYZF-R1
この年のヤマハYZF-R1は、デビューイヤーから2年目となり、細部のパーツに至るまで信頼性が高められた。そして鈴鹿8耐では、新たにスーパーバイク世界選手権のアレックス・ローズが加わり、中須賀克行、ポル・エスパルガロの3人体制。218周を走破して連覇するが、2輪シケインが新設されてからの最多周回数となった。

※内容は予告なく変更となる場合がございます。
※使用している写真・イラストはイメージです。

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