About Suzuka 8 hours 鈴鹿8耐とは?
 
第13回大会(1990年)スタートシーン
第13回大会(1990年)スタートシーン

40年にわたり続く、暑く、熱く、
ヒートアップする一日

第40回大会となる今年の"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレース。今大会は、第40回の記念大会であることに加え、日本で初めて世界耐久選手権シリーズの最終戦としての開催となり、これまで以上に世界のモータースポーツファンが注目する一戦となる。
1978年に第1回大会が開催された鈴鹿8耐だが、この時代にタイムスリップすると、第1回大会が行われたのと同じ1978年7月30日に、沖縄では日本の交通ルールが施行されている。また、成田国際空港が開港したのもこの年であり、40年という歴史の重さを感じることができる。
この鈴鹿8耐の第1回大会を制したのは、コンストラクターのヨシムラだ。そしてこのヨシムラはその後に一度も途切れることなくこれまでの39回の大会に連続出場しているが、このヨシムラの勝利が、現在でも続くファクトリーvsコンストラクターの構図を決定づけたと言っても過言ではない。この後、Hondaに加えてYAMAHA、SUZUKI、Kawasakiの国内4メーカーがファクトリー体制で参戦し、鈴鹿8耐はメーカーの威信を賭けた戦いの場となるが、いつの時代にもコンスタラクターはこの牙城に果敢に挑戦し、時にファクトリーを破って優勝する姿に、大きな夢を抱いたファンも多い。
一方で、ウェス・クーリー、マイク・ボールドウィン、グレーム・クロスビー、デビッド・アルダナ、エルブ・モアノーなど、一時代を築いた強豪ライダーが鈴鹿8耐を駆け抜けたが、この鈴鹿8耐での活躍が認められて世界グランプリ500ccクラスのチャンピオンにまで上り詰めたワイン・ガードナーの存在が、鈴鹿8耐の地位を確立したと言える。
そして世界グランプリライダーとなったガードナーの参戦に触発されるように、その後は多くの世界グランプリライダーが出場。ケニー・ロバーツ、平忠彦、エディ・ローソン、ウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツ、マイケル・ドゥーハン(ミック・ドゥーハン)、バレンティーノ・ロッシら世界のビッグネームを記せば枚挙にいとまがない。
2015年に参戦した元MotoGP™チャンピオンのケーシー・ストーナー
2015年に参戦した元MotoGP™チャンピオンのケーシー・ストーナー

鈴鹿8耐が鈴鹿サーキットの新時代を
常に築いてきた

こうした世界のトップライダーの参戦により、鈴鹿8耐は『スプリント耐久』と呼ばれるようになった。世界耐久選手権では、一般的に安定したライディングによるアベレージタイムが優勝への近道とされるが、鈴鹿8耐で優勝するためには、スプリントレース並みの速さと安定さが要求されるからだ。
世界のトップライダーの参戦、そしてそうしたライダーによる驚愕のラップタイムは、もちろん現在の鈴鹿8耐にも受け継がれている。 2015年に優勝したYAMAHA FACTORY RACING TEAMはMotoGP™ライダーのポル・エスパルガロとブラッドリー・スミスをチームに迎え、日本のエース中須賀克行とドリームチームを結成。そしてTOP10トライアルでは、エスパルガロが2分06秒000という驚愕のタイムを記録した。
また、Honda勢ではMuSASHi RT HARC-PRO.からケーシー・ストーナーやニッキー・ヘイデンといったMotoGP™元チャンピオンを迎え、SUZUKI勢ではヨシムラスズキシェルアドバンスそしてTeam KAGAYAMAから往年の名ライダーであるケビン・シュワンツが復活。そしてKawasaki勢では、昨年のTeam GREENにレオン・ハスラムが加わり2位の表彰台を獲得している。
40回目の真夏の決戦"コカ·コーラ"鈴鹿8時間耐久ロードレースは、長い歴史を礎として、暑い夏の一日に、熱いスピリットを放つライダーたちによって、その戦いはより一層ヒートアップする。

※内容は予告なく変更となる場合がございます。
※使用している写真・イラストはイメージです。

ページトップへ

モータースポーツ

(c) Mobilityland Corporation All Rights Reserved.
Kochira (Kochira family) is an original character of MOBILITYLAND designed by Mr. Osamu Tezuka. (c)TEZUKA PRODUCTIONS

ツインリンクもてぎ